NATO加盟32か国のうち、30か国の大使や代表が一度に日本を訪れた。1人や2人の表敬訪問ではない。北大西洋条約機構という名前の通り、本来は欧州と北米を中心にした軍事同盟が、異例の規模で日本に足を運んだことに今回の重みがある。
訪問団は日本の閣僚や企業、専門家らと3日間にわたって面会した。背景には、ロシアによるウクライナ侵攻、中国の対ロシア関与、トランプ政権下の米国との向き合い方、そして防衛産業の供給網という複数の論点がある。欧州の安全保障が、日本にとって遠い話では済まなくなっている。
なぜ欧州のNATOが日本まで来たのか
NATOにとって現在の最大課題は、ロシアによるウクライナ侵攻である。欧州の安全保障を揺るがすこの戦争は、すでに4年以上続いている。関係者の説明や訪問日程からは、日本に対してウクライナ支援の継続を求める狙いがあったとみられる。
ただし、今回の訪問の焦点はそれだけではない。NATO側は、中国への向き合い方にも強い関心を寄せている。NATOは、中国がロシアに軍民両用の製品などを提供し、ロシアの戦争継続を支えていると批判してきた。
欧州から見れば、中国は地理的には遠い。しかし日本にとって中国は、最大級の貿易相手であると同時に、東シナ海や台湾海峡、軍事力の増強をめぐって常に向き合わざるを得ない隣国でもある。経済では深く結びつき、安全保障では警戒する。この難しい距離感を、NATO側は日本から学びたいと考えている可能性がある。
「あの国」は中国だけではない
今回の訪問を読み解くうえで、中国は大きな軸だ。しかし、NATOが気にしている国は中国だけではない。もうひとつの大きな関心は米国である。
NATOにとって米国は不可欠な同盟国だ。米軍の存在や核抑止力は、欧州の安全保障の一部になっている。一方で、トランプ政権はNATO加盟国に国防費負担の拡大を求め、イラン情勢などをめぐっても同盟国に厳しい対応を迫っている。
そのなかでNATO側は、日本が米国とどのように関係を保っているのかにも関心を寄せている。日本は在日米軍を抱え、日米安全保障条約を軸に安全保障を組み立てている。米国からの要求にどう応え、同盟を現実的に運営しているのか。その経験は、欧州にとっても参考になり得る。
訪問団が横須賀基地で米空母「ジョージ・ワシントン」を視察したことも、この文脈で見ると意味を持つ。日本と米国がどのように役割を分担し、後方支援を含めて連携しているのか。NATO側は、日米同盟を米国との関係維持を考えるうえでの実例として受け止めた可能性がある。
日本はNATOに加盟するわけではない
ここで誤解しやすいのは、日本がNATOに近づくことと、NATO加盟に向かうことは別だという点である。日本は北大西洋地域の国ではなく、NATO加盟国ではない。安全保障の軸も、あくまで日米同盟にある。
それでも日本とNATOの協力は、すでに制度的に深まっている。2023年には、日本とNATOが「国別適合パートナーシップ計画」、いわゆるITPPを策定した。NATO公式文書では、サイバー防衛、海洋安全保障、新興・破壊的技術、宇宙、安全保障上の強靱性などが協力分野に掲げられている。
2025年1月15日には、日本がNATOに独立した政府代表部を開設した。今回の大使団訪日は、突然の接近ではない。欧州とインド太平洋の安全保障は切り離せないという認識が、時間をかけて具体的な協力へ移ってきた流れの中にある。
防衛費5%目標が日本企業への関心を高める
NATO側の関心は、外交や安全保障の議論だけにとどまらない。防衛産業も重要なテーマになっている。
NATO加盟国は、2035年までにGDP比5%を中核的な防衛要件と防衛・安全保障関連支出へ投じる目標を掲げている。NATOの説明では、このうち少なくとも3.5%は中核的防衛、最大1.5%は重要インフラやサイバー、産業基盤などの関連支出に充てる設計だ。
しかし、防衛費を増やせばすぐに必要な装備がそろうわけではない。技術、人材、部品、供給網がなければ、予算は能力に変わらない。そこで注目されるのが、日本のスタートアップや先端技術である。
今回の訪問団の日程には、無人機用の電池や小型衛星向けエンジンなどを開発する日本企業との面会も組み込まれた。電池、半導体、素材、センサー、宇宙、通信といった分野は、民生用でありながら防衛にも転用され得る。いわゆるデュアルユース技術として、NATO側の関心が高まる文脈で読める。
日本企業にとっては、欧州との協力が広がる可能性がある。一方で、防衛分野の国際連携が進めば、輸出管理や平和国家としての原則との整合性も問われる。技術力が評価されることは追い風だが、その使われ方まで含めて議論が必要になる。
日本にとってメリットだけなのか
NATOとの接近は、日本にとって安全保障上の選択肢を広げる可能性がある。欧州との連携が深まれば、ロシアや中国への抑止力を高める一助になる。サイバーや宇宙、海洋安全保障など、日米同盟だけでは補いきれない分野で協力の幅も広がる。
ただし、メリットだけで見てよい話ではない。NATOとの関係が深まれば、日本は欧州の軍事・安全保障課題にもより深く関与することになる。ウクライナ支援、中国への対応、米国との同盟運営をめぐって、日本の外交上の余地が狭まる場面が生じる可能性もある。
安全保障協力は、距離を縮めれば必ず安心が増えるという単純なものではない。協力相手が増えれば、期待される役割も増える。日本がNATOから「重要なパートナー」と見られることは、同時に日本がより多くの判断を求められる立場になることでもある。
今回の訪日は何を示しているのか
今回のNATO大使団訪日は、「NATOが日本に近づいた」というだけの出来事ではない。日本が、欧州の安全保障と切り離せない相手として意識され始めたことを示している。
ウクライナ戦争は欧州だけの問題ではなくなり、中国への対応はアジアだけの問題ではなくなった。米国との同盟をどう維持するかも、欧州と日本に共通する課題になっている。さらに、防衛産業の供給網は国境を越えて再編されつつある。
NATOの大使たちが日本に来た理由を一言でいえば、日本が「支援を求める相手」から、「学び、連携し、技術面でも協力する相手」へと位置づけられつつあるからだ。
その変化は、すぐに日常生活へ見える形で表れるものではないかもしれない。だが、国際秩序の中で日本がどのような役割を求められているのかを考えるうえで、今回の訪問は見過ごせない節目である。遠い欧州の同盟が日本に関心を向ける時代には、日本の安全保障もまた、国内だけでも日米だけでも完結しにくくなっている。
(本稿は各種公開情報をもとに作成した。一部数値は記事掲載時点の情報である)

