イラン情勢が半導体供給網を直撃か ナフサ・ヘリウム不足が映すAI相場の死角
イラン情勢の緊迫は、原油価格や物流だけでなく、半導体製造にも影響を及ぼす可能性がある。焦点となるのは、化学原料として幅広く使われるナフサと、半導体製造工程で重要な役割を持つヘリウムだ。とくに先端半導体では、製造工程の一部が止まるだけでチップ全体を作れなくなるため、供給制約が長期化すれば、AI半導体、自動車向け半導体、スマートフォン部品など幅広い産業に波及する恐れがある。
イラン情勢を背景に、ナフサとヘリウムの供給制約が半導体製造の新たなリスクとして浮上している。フォトレジスト、ドライエッチング、HBM、3D NANDなど、AI相場を支える半導体供給網の脆弱性が焦点となる。
ナフサ不足は、半導体製造装置の消耗部品やフォトレジストの供給に影響する可能性がある。
ヘリウムはドライエッチング工程の温度制御に使われ、代替や回収が難しいとの指摘がある。
AI半導体、HBM、3D NAND、CMOSイメージセンサーなど、成長分野ほど高度な製造工程に依存している。
地政学・エネルギー
イラン情勢でナフサとヘリウムの供給不安が浮上
イラン情勢の先行きが不透明となるなか、半導体産業ではナフサとヘリウムの供給混乱が懸念されている。
ナフサは石油化学製品の基礎原料であり、ペットボトルや包装材だけでなく、半導体製造装置の部品やフォトレジストの原材料にも関わる。ホルムズ海峡をめぐる混乱が続けば、ナフサ由来の材料や部品の供給に影響が出る可能性がある。
一方、ヘリウムについては、カタールのLNG関連施設が被害を受けたことで、世界供給の一部が失われたとの見方が示されている。ヘリウムは一度供給が途絶えると、石油やLNGのように長期備蓄で対応しにくい。液体ヘリウムは極低温で管理する必要があり、時間の経過とともに蒸発していくためだ。
このため、海峡封鎖が解消されれば改善に向かう可能性があるナフサとは異なり、ヘリウム不足は設備復旧まで長期化する可能性がある。
半導体サプライチェーン
ナフサ不足は製造装置の消耗部品に波及する可能性
半導体製造装置には、ナフサ由来の部品が広く使われている。代表例が、真空チャンバーなどに使われるOリングだ。
半導体工場では、真空状態を保つ装置や薬液を扱う装置が多く、Oリングのようなシール部材は不可欠な消耗品となる。これらは定期的に交換しなければならず、在庫が尽きれば装置のメンテナンスができなくなる。
問題は、半導体向けの部材が特殊用途であり、代替品をすぐに使えない点にある。別地域から原油を調達してナフサを作り、代替部品を製造したとしても、半導体メーカーや装置メーカーによる認定作業には年単位の時間がかかる可能性がある。
半導体のサプライチェーンは日本国内だけで完結していない。欧米、中国、韓国などで作られる部品も多く、日本国内で原料を確保しただけでは、製造装置の安定稼働を保証できないという指摘がある。
フォトレジストは日本の強みであり、同時にリスクにもなる
ナフサ不足で特に重要とされるのがフォトレジストだ。フォトレジストは、半導体の回路パターンを作るリソグラフィー工程で使われる感光性材料である。
半導体製造では、シリコンウエハー上に膜を作り、その上にフォトレジストを塗布し、露光によって回路パターンを転写する。その後、ドライエッチングで不要な部分を削ることで、微細な回路が形成される。
このフォトレジストには、ナフサ由来の原材料が多く使われている。日本企業はフォトレジストで高い競争力を持つとされ、とくにEUV向けの先端レジストでは強い存在感を持つ。しかし、原材料が入らなければ完成品を作れない。
そのため、日本の競争力の源泉だったフォトレジストが、供給制約の局面では世界の半導体産業全体のボトルネックになる可能性がある。
ヘリウム不足と半導体製造
ドライエッチングにおけるヘリウムの重要性
ヘリウムは、半導体製造のドライエッチング工程で重要な役割を持つ。ドライエッチングでは、プラズマを使ってウエハー上の膜を微細に加工する。プラズマは高温を伴うため、ウエハーを適切に冷却しなければ、加工精度を保つことができない。
ウエハーとステージの接触面には微細な凹凸があり、面全体が完全に密着しているわけではない。この隙間にヘリウムを流し込み、熱をウエハーからステージ側へ逃がすことで、温度を均一に保つ。
ヘリウムが使われる理由は、小さく、高速で動き、不活性であるためだ。窒素は分子が大きく、熱伝達効率や反応性の面で代替が難しい。水素は可燃性があり、プロセス上のリスクが大きい。ネオンやアルゴンなどの希ガスも、ヘリウムほど効率よく温度制御できないとされる。
このため、ドライエッチング工程ではヘリウムの代替が難しく、供給が止まると工程そのものが成り立たなくなる可能性がある。
ヘリウム回収が難しい理由
ヘリウムは医療用MRIなどでは回収・再利用が行われるケースがある。しかし、ドライエッチング工程では回収が難しいとされる。
ドライエッチングでは、反応ガスや加工によって生じた反応生成物が発生する。ヘリウムはウエハー裏面の冷却に使われるが、工程中に周辺部から漏れ出し、反応ガスや生成物と混ざる。これらが真空ポンプで一体的に排出されるため、そこから半導体製造に再利用できる水準でヘリウムだけを取り出すことは現実的に難しい。
つまり、ヘリウム不足は単に「回収すればよい」という問題ではなく、製造工程の構造そのものに関わる制約である。
AI半導体・メモリーへの影響
3D NANDは深い穴を開ける技術に依存
NANDフラッシュメモリーは、スマートフォンやSSD、データセンター向けストレージに使われる。近年のNANDは、メモリーセルを縦方向に積み上げる3D構造が主流となっている。
3D NANDでは、高層ビルのエレベーターのように、積み重ねた層を縦に貫く深い穴を開ける必要がある。この加工にはドライエッチング技術が不可欠であり、極低温での温度制御が重要になる。
深い穴をまっすぐ開けるには、ウエハー面内の温度均一性が求められる。そのため、ヘリウムによる冷却が使えない場合、加工精度が維持できず、量産に支障が出る可能性がある。
DRAMとHBMにもヘリウム依存リスク
DRAMは、プロセッサーと高速にデータをやり取りする短期記憶用メモリーである。AI半導体で重要なHBMは、DRAMを複数層に積み重ねた高帯域メモリーであり、NVIDIAのGPUなどと組み合わせて使われる。
DRAMでは、キャパシター構造を作るために高アスペクト比の加工が必要になる。微細化が進むほど、深い穴や細長い構造を精密に形成する必要があり、ここでも低温エッチングとヘリウム冷却が重要になる。
HBMはAIサーバー需要の拡大で注目されているが、その生産にもDRAM製造と積層工程が関わる。ヘリウムやナフサ由来部品の供給が滞れば、AI半導体の供給網にも影響が及ぶ可能性がある。
ソニーのCMOSイメージセンサーにも波及する可能性
スマートフォンのカメラに使われるCMOSイメージセンサーにも、半導体の高度な三次元構造が使われている。
ソニーのイメージセンサーでは、光を受けるピクセル、DRAM、ロジックチップなどを組み合わせた構造が使われるとされる。これらを電気的に接続するためには、シリコンを貫通する微細な穴を開ける工程が必要になる。
このような三次元実装でも、低温プロセスやドライエッチングが関わる。ヘリウム不足が長期化すれば、スマートフォン向け部品など身近な製品にも影響が広がる可能性がある。
各国・企業の対応
韓国はヘリウム確保に素早く動いたとの見方
韓国では、サムスン電子やSKハイニックスがメモリー半導体の中核企業となっている。DRAMやNANDは韓国の輸出にとって重要な産業であり、ヘリウム供給の制約は国家的な問題になり得る。
韓国企業はカタール産ヘリウムへの依存度が高かったとされ、供給不安が浮上した後、米国のヘリウム関連企業との長期契約や一定期間分の調達に動いたとの見方がある。
ただし、確保できた量や期間には不透明な点があり、時間稼ぎにはなっても、抜本的な解決には至っていない可能性がある。
TSMCは先端ノード集中でヘリウム依存が高まる可能性
台湾のTSMCは、世界の先端半導体製造で圧倒的な存在感を持つ。近年は、レガシー工程から先端ノードへ経営資源を集中させる動きが強まっているとされる。
先端ノードでは、EUV露光装置や複雑な立体構造の加工が増え、低温エッチングやヘリウム冷却への依存度が高まる可能性がある。加えて、台湾はLNG火力への依存もあり、エネルギー供給の不安も半導体生産に影響し得る。
TSMCが公式に強い危機感を示すことは、株式市場や半導体関連企業に大きな影響を与えるため難しい面がある。しかし、ヘリウム、LNG、ナフサ由来部品の3つが同時に制約要因となれば、先端半導体の供給網にとって大きなリスクとなる。
アメリカではヘリウム配分の優先順位が問題に
アメリカはヘリウム供給で大きな存在感を持つが、供給量そのものが減少すれば、すべての需要に対応できるわけではない。
ヘリウムは医療用MRI、航空宇宙、軍事、半導体など幅広い分野で使われる。供給制約が強まる局面では、医療や安全保障関連が優先され、産業用途の半導体が後回しになる可能性がある。
アメリカは半導体製造を国内に回帰させる政策を進めてきたが、誘致した工場に十分なヘリウムを供給できなければ、製造基盤の強化そのものに支障が出る恐れがある。
日本は外交と業界横断の対応が課題
日本は半導体材料や製造装置で強みを持つ一方、ヘリウムやナフサ由来部材の供給制約に対して、業界全体としての危機認識が十分ではないとの指摘がある。
ラピダスをはじめ、国内半導体産業の再構築には多額の政策支援が投じられている。しかし、ヘリウムやナフサ由来部材が確保できなければ、工場建設や装置導入だけでは十分ではない。
対応には、一企業の自助努力だけでなく、政府、業界団体、装置メーカー、材料メーカーを含めた連携が必要になる。米国との外交交渉や、アメリカ国内に投資する日本企業の存在を交渉材料として活用する必要があるという見方もある。
日本企業・半導体関連株への視点
材料・装置の強みがリスクにも変わる
日本企業は、フォトレジスト、シリコンウエハー、製造装置、精密部材など、半導体サプライチェーンの重要な部分を担っている。これは日本の競争力である一方、材料や部品の原料供給が滞る局面では、世界的なボトルネックにもなり得る。
フォトレジストが供給できなければ、先端半導体だけでなく、成熟半導体も製造が難しくなる。ドライエッチング装置の消耗部品が不足すれば、装置の稼働維持が難しくなる。半導体産業は一工程でも止まれば全体が止まるため、個別企業の業績好調だけでは見えないリスクが存在する。
AI相場の裏側に供給網リスク
AI半導体需要は、NVIDIAのGPU、HBM、データセンター投資などを通じて、半導体関連企業の成長期待を押し上げてきた。
しかし、AI半導体はGPUだけで成り立つわけではない。HBM、DRAM、NAND、CMOSセンサー、ロジックチップ、製造装置、材料、ガス、部品が複雑に結びついている。
ナフサとヘリウムの供給制約は、AIブームの根幹にある半導体生産そのものに影響する可能性がある。短期的な企業決算が好調でも、地政学リスクと素材供給リスクが同時に高まる局面では、サプライチェーンの脆弱性を慎重に見ておく必要がある。
Summary
ナフサ・ヘリウム供給はAI半導体相場の重要な確認点に
イラン情勢の緊迫は、原油や物流だけでなく、半導体の製造工程にも波及する可能性がある。ナフサは製造装置の消耗部品やフォトレジストに関わり、ヘリウムはドライエッチング工程の温度制御に不可欠とされる。
半導体は、数千に及ぶ工程のうち一つでも破綻すれば、完成品を作れなくなる。AI半導体、HBM、3D NAND、DRAM、CMOSイメージセンサーなど、成長分野ほど高度な製造工程に依存している。
市場ではAI関連企業の成長期待が続いているが、その裏側では材料、ガス、エネルギー、部品の供給網が大きなリスク要因となっている。今後は、半導体企業の決算や受注動向だけでなく、ナフサとヘリウムの供給、各国政府の対応、サプライチェーン再構築の動きが重要な焦点となる。

