原発ゼロを達成した台湾が再稼働を検討するわけ AI・安全保障・中東リスクが脱原発政策を揺らす

台湾は2025年5月、既存の原子力発電所をすべて停止し、「非核家園(ひかくかえん)」――原発のない島という目標をひとつの区切りとして達成した。ところがそれからわずか10か月後、公営電力会社の台湾電力が原発の再稼働計画を当局に申請するという事態が起きている。何が変わったのか。背景には、一国のエネルギー政策を揺るがすほどの、三つの大きな力が重なっている。

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なぜ台湾は「原発ゼロ」を目指したのか

台湾では長年、与党・民主進歩党(民進党)が「非核家園」を党の基本方針に掲げてきた。転換点となったのは2011年の福島第一原発事故だ。日本で起きた重大な原発事故は台湾社会にも強い衝撃を与え、脱原発を求める世論が一気に高まった。

こうした流れを受け、台湾政府は2017年の電業法改正で「2025年までに原子力発電設備を停止する」という期限を法律に明記した。しかし翌2018年、この期限条項の撤廃を求める公民投票(全国レベルの国民投票)が成立。政府は同年11月に「2025年の期限は廃止するが、非核家園の理念は維持する」と説明した。法的な期限はなくなったものの、脱原発という方向性自体は政策として続いた。台湾電力はLNG(液化天然ガス)火力や再生可能エネルギーへの転換を進め、2025年5月に最後の原子炉を停止した。

変化をもたらした三つの現実

脱原発への歩みは、しかし思わぬ壁にぶつかることになった。

第一の変化は、電力需要の急増だ。

台湾の主力産業である半導体製造は、もともと大量の電力を消費する。半導体大手のTSMC(台湾積体電路製造、証券コードは米国市場上場のTSM)の2024年サステナビリティ報告書によれば、同年の購入電力は約255億kWhに達しており、台湾電力の2024年発受電量251.4TWhと比較すると、TSMC一社だけで台湾全体の電力の約1割にのぼる規模だ。そこへ、人工知能(AI)向けの先端半導体の需要が急拡大した。AIの処理を支えるデータセンターも巨大な電力を必要とするため、台湾の電力需要は今後さらに増えると見込まれている。電力が足りなければ、半導体産業の競争力を維持できないという危機感が産業界に広がった。

第二の変化は、エネルギー価格の上昇だ。

原発を止めた台湾は、代替電源としてLNG火力への依存度を高めた。LNGは海外から船で輸入するため、国際市場の価格変動の影響をそのまま受ける。ウクライナ情勢以降、エネルギー価格は世界的に高止まりし、台湾でも電気料金の値上がりが続いた。輸入燃料に頼るリスクが、これほど実感を伴って意識されたことは近年になかったといえる。

第三の変化は、安全保障上のリスクの高まりだ。

台湾は島であるため、化石燃料はほぼすべて船による輸入に頼っている。近年、中国が台湾を取り囲むように大規模な軍事演習を繰り返しており、もし経済封鎖が起きれば燃料の輸入が止まりかねない。さらに2026年初頭のイランをめぐる中東情勢の緊張も、こうした危機感をさらに増幅させた。中東の重要な海上交通路であるホルムズ海峡(ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ石油・LNGの主要輸送ルート)が不安定化すれば、台湾への燃料供給に直接影響しかねないからだ。国内で長期間稼働できる原発を、燃料備蓄に近い「エネルギー安全保障の資産」として再評価する声が、安全保障の専門家の間で強まっている。

世論も変わり始めた、そして法改正が追いついた

政策を動かすのは専門家だけではない。2025年8月23日に実施された全国公民投票(公投第21案)では、賛成票が反対票を大きく上回ったが、成立に必要な投票総数に届かず、制度上は再稼働に直結しなかった。ただ、同月の世論調査では、「主管機関が安全に問題なしと確認した場合に限って、核三(馬鞍山原発)の継続運転を支持するか」という条件付きの問いに対し、66%が同意すると答えた。条件付きとはいえ、この数字は世論の変化を示すものとして広く受け止められた。

こうした流れを受け、台湾立法院(国会に相当)は2025年5月、核子反應器設施管制法を改正した。従来、原子炉の運転執照(運転ライセンス)は最長40年が上限だったが、改正後は条件を満たせば最長20年の換発執照(更新ライセンス)を受けられる仕組みが整った。これが今回の再稼働議論の法的な土台となっている。

そして2026年3月27日、台湾電力は南部に位置する馬鞍山(マアンシャン)原発の再稼働計画を原子力安全委員会(核安会)に申請し、核安会が審査手続きに入った。

ただし、すぐ再稼働するわけではない

ここは重要な点だ。今回の動きは「再稼働決定」ではない。

核安会の説明によれば、今後は手続き審査から実質審査、台湾電力による自主安全検査、その結果の再審査と、複数段階を踏む必要がある。頼清徳(らいせいとく)総統も再稼働の前提として、安全性の確認、核廃棄物の処理方法の確立、そして「社会的合意」の形成が必要だという考えを示している。

頼総統はエネルギーの安定供給を指して「強靱性(きょうじんせい)が必要」と述べ、再稼働の検討に前向きともとれる発言をしているが、政策の全面転換を宣言したわけではない。ロイターやFT系のメディアも、「再エネ推進を維持しつつ、条件付きで原発を選択肢に戻す」という表現で現状を伝えており、完全な方針転換とは区別して報じている。

「脱原発」の理念はどこへ

国際報道が注目するのは、単に台湾の政策変更だけではない。より大きな問いがある。

「AI時代の電力基盤を何で支えるか」という問いだ。

再生可能エネルギーは出力が天候に左右され、大量・安定供給という点ではまだ課題が残る。その空白を、短期的には化石燃料で埋めてきたが、それが輸入依存と価格変動というリスクを生んだ。しかも台湾は世界の半導体供給網の中心に位置するため、台湾の電力問題は単なる一国のエネルギー政策ではなく、スマートフォンから自動車、AI基盤まで広がるグローバルな供給網の安定性にも関わる問題だ。脱原発を掲げた台湾が、地政学的リスクと産業競争力の両方を前に立ち止まっているこの構図は、再エネへの移行を急ぐ多くの国が遅かれ早かれ向き合う問いでもある。

日本にとっても、福島事故を知る社会が現実的なエネルギー安全保障の観点から原発を再評価しようとしているプロセスは、他人事ではないはずだ。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

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