イランをめぐる国際情勢の緊迫化を受け、日本の電力市場で二つの動きが同時に進み始めた。報道各社によると、工場や商業施設向けの電力を扱う大手事業者が高圧・特別高圧の新規契約の受け付けを相次いで止めた。4月3日には、電力広域的運営推進機関(OCCTO)が中東情勢を踏まえた臨時の燃料モニタリングを始めた。停電が迫っている局面ではないが、燃料価格の変動リスクが電力小売りの採算に波及している構図が見えてきた。
相次ぐ「企業向け」の新規契約停止
報道各社によると、東京ガス(9531)は2026年3月6日から、工場や商業施設向けの特別高圧・高圧電力の新規契約受け付けを一時停止した。背景には、イラン情勢の緊迫化に伴うLNG(液化天然ガス)などの燃料価格上昇があるとされる。
ENEOSホールディングス(5020)傘下のENEOS Powerも、報道では3月18日から企業向け電力の新規受け付けを一時停止した。ENEOS Powerの公式サイトでも、2026年4月時点で「ENEOSの特別高圧・高圧電気」において新規お見積りを一時停止し、再開未定としている。
一方、読売新聞の報道では、東京電力グループは供給可能量を精査しながら新規受け付けを継続している。東京ガス、ENEOSともに、家庭向けの低圧契約は通常通り受け付けている。
「特別高圧・高圧」とは何か
電力契約は大きく低圧、高圧、特別高圧に分かれる。一般家庭や小規模店舗は低圧、ビルや中規模工場は高圧、大規模工場や大型商業施設は特別高圧が中心だ。日本の電力自由化はまず特別高圧から始まり、その後に高圧、最後に家庭向けへと広がった。
そのため企業向け電力市場には、新電力やガス会社、石油会社が早い段階から参入してきた。電力・ガス取引監視等委員会が2025年1月24日に公表した「電力取引の状況(令和6年10月分)」によると、販売電力量ベースの新電力シェアは高圧で20.6%、特別高圧で9.8%だった。競争が進んだ分野であるぶん、燃料コストや卸市場価格の変動が新規契約の抑制として表れやすい。
なぜ新規契約だけを止めるのか
企業向けの高圧・特別高圧は、家庭向けに比べて契約1件あたりの使用量が大きい。燃料費や卸電力市場の価格が想定を超えて上がると、低い料金で大口契約を積み上げるほど収益が悪化しやすい。
共同通信系の報道では、今回の背景として、ホルムズ海峡の事実上の封鎖に伴うLNG価格の上昇と、日本卸電力取引所(JEPX)での調達価格上昇が挙げられている。企業側の説明は東京ガスが燃料価格高騰、ENEOS Powerが販売戦略上の理由と異なるが、いずれも先行きのコストを読みづらい局面で新規の大口契約を絞る対応と読める。
重要なのは、これは既存契約の打ち切りでも計画停電でもないという点だ。現在の利用者への供給は続く。ただ、新規受け入れでは慎重姿勢が強まっている。
政府・OCCTO、夏に向けた燃料監視を開始
こうした動きと並行して、OCCTOは2026年4月3日から、中東情勢を踏まえた臨時のkWhモニタリングを始めた。これは、LNGや石油の在庫を発電電力量に換算し、今後の需給ひっ迫の兆候を早めに把握する仕組みだ。公表は2週間ごとの金曜日としている。
初回の公表では、2026年4月18日から6月4日を対象に分析し、kWh余力は5月下旬に最も小さくなる見通しを示した。それでも余力は9112百万kWhあり、対象期間の平均日電力量の約5倍に相当するとして、現時点で燃料在庫の観点から需給ひっ迫のおそれはないと評価している。
「供給力」ではなく「燃料」が焦点になった
電力の安定供給を語るとき、通常は発電所の出力、つまり供給力が中心になる。制度上も予備率3%が安定供給の最低目安とされてきた。
ただ、今回焦点になっているのは、発電所があっても燃料が高騰したり調達が不安定化したりすれば、安定供給の前提が揺らぐという点だ。LNG火力は日本の電力供給の主力の一角を担い、再生可能エネルギーの変動を補う調整役でもある。OCCTOが今回、供給力ではなく燃料在庫を前面に出して監視を始めたのは、その弱点を意識した動きといえる。
なぜイラン情勢が日本の電力市場を揺らすのか
資源エネルギー庁によると、日本の原油は中東依存度が9割を超える。一方でLNGの中東依存度は約1割にとどまる。つまり、日本のLNG調達は原油ほど中東一極依存ではない。
それでも中東情勢が電力市場を揺らすのは、数量不足そのものよりも、輸送リスクや保険料、スポット調達価格の上昇がコストに波及するためだ。資源エネルギー庁は、2026年3月1日時点で電力・ガス会社が保有するLNG在庫は400万トン弱で、ホルムズ海峡経由で日本に届くLNG輸入量の1年分に相当すると説明している。現時点の焦点は、直ちにLNGが尽きることではなく、価格変動と調達不確実性が企業向け電力の採算を圧迫している点にある。
Bloombergも、日本の小売事業者が燃料リスクを取りにくくなり、産業用顧客の受け入れを止めたと伝えている。今回の動きは、燃料価格と卸市場価格の変動を小売側が吸収しにくい局面が表面化したものとみるのが自然だ。
今後どこを見るべきか
今後の焦点は主に四つある。第一に、LNG価格とJEPXスポット価格がどこまで高止まりするか。第二に、高圧・特別高圧の新規契約停止が他社へ広がるか。第三に、猛暑や発電所トラブルが重なった場合にOCCTOの見通しがどう変わるか。第四に、代替調達やスポット調達でどこまで燃料を確保できるかだ。
電力不足が目前にあるわけではない。だが、イラン情勢という外部要因が、日本の電力小売市場の採算と夏に向けた燃料管理に静かな圧力をかけ始めていることは確かだ。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

