今回のリスクは、ガソリン価格だけでなく、工場の稼働率や素材価格にも及ぶ可能性がある。イラン情勢の緊迫化が突きつけているのは、そうした種類の供給不安だ。

2026年3月31日のNHK報道によると、経済産業省は民間企業と連携して石油化学原料「ナフサ」の調達先を拡大し、4月は中東以外からの調達量を通常の2倍にあたる90万キロリットルまで引き上げる見通しだという。一見すると先手を打った対策のように見えるが、「代替調達量を増やした」ことと「不足懸念が解消した」ことは、現時点では別の話として読んだほうがいい。
ナフサとは何か ガソリンではなく素材の出発点
まず押さえたいのは、ナフサが単なる燃料ではないことだ。
ナフサは原油を精製する過程で得られる石油留分の一つで、ガソリンに近い成分を持つ。日本では主に石化工場で使われ、エチレンやプロピレンなどの基礎化学品の原料になる。そこからプラスチック、食品包装材、自動車の内外装部材、合成繊維、洗剤原料など、幅広い素材や製品へとつながっていく。
要するにナフサは、私たちの暮らしを支える素材の出発点だ。供給が細れば、影響はガソリン価格だけでなく、工場の稼働率、樹脂価格、部材の納期にも及び得る。
日本の依存構造 輸入の7割超が中東から
なぜ今、ナフサがこれほど問題になるのか。背景には、日本の偏った調達構造がある。
石油化学工業協会(JPCA)の2024年統計によると、日本のナフサ輸入量2056万キロリットルのうち、中東からは1512.2万キロリットルで、構成比は73.6%に達する。国別ではUAEが30.4%、クウェートが21.6%、カタールが15.4%、サウジアラビアが3.0%と、湾岸諸国への集中が著しい。
こうした供給の多くはホルムズ海峡を通る。イラン情勢の緊迫化を受けて通航が大きく制約されており、中東産ナフサの調達は難度を増している。資源エネルギー庁のエネルギー白書2024でも、日本は原油の約9割を中東地域から輸入しており、ホルムズ海峡を通らない輸入先の確保など供給源の多角化が重要だと整理していた。今回のナフサ問題は、その脆さが石化原料の分野で前景化したケースといえる。
「代替2倍」でも全体の不安は消えていない
この依存構造を踏まえると、今回の調達拡大策の意味も見えやすい。
NHK報道によれば、中東以外からの調達量を90万キロリットルに引き上げること自体は前進だ。4月1日には米国産ナフサを積んだ船が千葉県市原市の沖合に到着する予定で、米国産が30万キロリットルを占めるという。
ただ、国内のナフサ需要量は毎月280万キロリットルとされ、90万キロリットルはその約3割に相当する規模だ。しかも同じNHK報道では、経産省はナフサ全体の調達量が通常より減少する見通しだとして、代替調達先を探り続ける方針を示している。増えたのはあくまで代替分であり、全体の不安が解消したわけではない。
すでに一部では減産と価格上昇が始まっている
海外業界報道は、日本政府の「調達確保」という説明より一歩先の現実も映している。
米化学誌Chemical & Engineering News(C&EN)の2026年3月17日報道によると、日本では三菱ケミカルグループ(4188)、三井化学(4183)、住友化学(4005)、東ソー(4042)、出光興産(5019)などで、一部生産調整や再稼働延期の動きが出ている。
Reutersの2026年3月26日報道では、世界のナフサ輸出フローのうち日量約120万バレルが混乱対象となり得るとされ、石化品の供給が締まった結果、プラスチックやポリマー価格は約4年ぶりの高値圏に上昇したという。問題は日本国内の工場操業だけでなく、世界的な原料高としても同時進行している。
国家備蓄原油の放出だけでは整理しきれない
ここで見落としやすいのが、燃料対策と石化原料対策は同じではないという点だ。
経済産業省は2026年3月24日、石油製品の供給支障を回避するため、国家備蓄原油を約850万キロリットル放出すると決定した。緊急対応として重要な措置だが、目的の中心は石油製品全体の安定供給にある。
一方、石化企業が必要とするのは、精製工程を経て得られる原料ナフサだ。国家備蓄原油の放出は需給安定化には資するが、石化原料不足を直接解消する策とは限らない。燃料供給の安定確保と石化原料の確保は、重なり合う部分はあっても、同じ問題ではない。
何が高くなるのか 生活と産業への波及
ナフサ不足が長引いた場合、影響が出やすい下流分野も見ておきたい。
ナフサ分解で得られるオレフィンや芳香族は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、PETなど多様な樹脂の原料群につながる。食品包装、袋類、自動車部材、家電部品、容器、発泡緩衝材、ペットボトルなど、用途は広い。
国内メーカーの稼働率が落ちれば、これらの樹脂の国内供給が締まり、包装メーカーや部品メーカー、食品メーカーの調達コストに波及する可能性がある。すでに世界的な価格高が起きているなら、輸入で補う場合でもコスト増は避けにくい。今後は企業決算、価格改定、供給制約のニュースとして表面化する場面が増えるかもしれない。
問われているのは緊急対応の先だ
ナフサの代替調達先を広げたことは、足元の危機対応として評価できる。ただ今回の事態は、日本の素材サプライチェーンにおける中東依存の高い調達構造が改めて露呈した局面でもある。
中東依存73.6%という構造を変えていくには、産地の多角化、代替原料や原料転換への投資、石化業界全体の供給網の見直しといった、中長期の対応が欠かせない。今回の危機がその議論を前に進めるきっかけになるかどうかが、次の焦点になる。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)*

