中東情勢を踏まえ、石油製品や、エネルギー源ではない石油関連製品、とりわけ医療関連の物資に関する不安のお声を伺っています。
— 高市早苗 (@takaichi_sanae) March 29, 2026
まず、原油や石油製品については、備蓄の放出により「日本全体として必要となる量」を確保するよう取り組んでいます。…
「中東からのナフサ輸入を他の国からの調達に切り替えるべく取り組んでいる」
高市首相は関係閣僚会議でこう表明した。ホルムズ海峡を含む中東情勢の悪化が続く中、日本政府のエネルギー危機対応が一段階進んだことを示す発言だ。
原油やガソリン価格の話ならピンとくる人も多いかもしれない。しかし今回の発言が指すのは「ナフサ」という、一般にはほとんど知られていない物質だ。ナフサとは何か。なぜこれが不足すると深刻なのか。そして「切り替える」と言うのがなぜ難しいのか——この3点を整理することで、今の日本が直面しているエネルギー危機の本当の深さが見えてくる。
ナフサとは何か——石油化学の入り口にある原料
ナフサとは、原油を精製してできる軽質留分のひとつだ。燃料として使われる石油とは異なり、石油化学工業の「原料」として使われる。
ナフサを熱分解するとエチレンやプロピレンといった基礎化学品が生まれ、そこからプラスチック・合成繊維・合成ゴム・塗料・洗剤・包装材・電子材料・医療用樹脂などが作られる。私たちが日常的に触れる工業製品の多くは、遡ればナフサを出発点にしている。
石油化学工業協会(JPCA)の統計によれば、日本の石油化学用原料ナフサは輸入依存度が高く、その供給先は中東——特にUAEやサウジアラビアなど湾岸諸国——への依存が大きい。法的な全面封鎖ではないが通常の商業通航は事実上封鎖に近い状態にあるホルムズ海峡を経由できなくなれば、日本に届くナフサは直撃を受ける。
なぜ「ガソリン不足」より深刻になりうるのか
ガソリンスタンドで価格が上がれば、人々はすぐに気づく。しかしナフサ不足は、最初は「工場の問題」として始まり、数週間から数か月かけて生活者に届く。
その波及経路はこうだ。ナフサが入らなくなる→化学工場がエチレンなどの生産を落とす→プラスチックや包装材の供給が絞られる→食品・日用品・工業製品の包装コストが上がる→最終的に店頭価格に転嫁される。
三菱ケミカルは3月、中東由来原料の供給不安を受けてエチレン減産に踏み切ったとJapan Timesが報じた。出光や三井化学なども対応を検討しているという。政府の発言より先に、企業の現場では「原料危機」はすでに動き始めていた。
今回の高市首相の発言は、企業現場で先行していた原料不安への対応を、政府が石化原料リスクとして前面に出し始めたシグナルでもある。
「切り替える」の何が難しいのか
「他の国に切り替える」と言葉で言うのは簡単だ。しかし実際に代替調達を動かすには、複数のハードルがある。
まず調達先の問題。国会中継の要約によれば、経産相は代替調達先として米国・南米・豪州・アフリカなども含めて民間事業者と連携しながら進めていると説明している。しかし、これらの地域からナフサを大量かつ安定的に輸入する体制を短期間で整えるのは容易ではない。
次に輸送と時間の問題。報道ベースでは、代替供給が本格的に到着し始めるまで数か月単位の時間差が見込まれるという見方もある。調達先を切り替えると発表することと、実際に船に積まれたナフサが製油所に着くことは別の話だ。
そして価格の問題。中東以外からの輸送は距離が伸び、運賃も保険料も高くなる。政府はすでにガソリン価格の指標をドバイ原油連動からブレント原油連動へ切り替えるよう卸売業者に求めた、とReutersが報じている。これは中東指標の急騰が国内石油製品価格に直撃するのを和らげようとする別系統の実務対応で、中東依存の価格連動性を薄めようとする動きの一例だ。
すでに動いている3つの対策——そして残る時間差
政府の対応はナフサの話だけではない。高市首相は3月24日の関係閣僚会議で、国家備蓄30日分を3月26日に放出し、産油国共同備蓄も月内に活用すると表明したと毎日新聞が報じた。
備蓄放出、価格指標の切り替え、そして今回のナフサ調達多角化——3つが同時に動いている。Financial Timesは、日本がIEA(国際エネルギー機関)の協調放出を待たず先行して動いたことを、「スタグフレーション圧力への意識的な対応」と位置づけた。
ただし「時間を買う」ことと「危機を解消した」ことは違う。備蓄には限りがあり、代替調達の到着には時間差がある。今の対策は橋渡しであり、それ以上ではない。
生活者への影響はいつ、どこから来るか
もしナフサ供給の不足が長引けば、影響が及ぶ可能性がある代表的な領域として以下が挙げられる。
食品・日用品の包装材:プラスチックフィルムや容器の価格上昇が食品メーカーのコストを押し上げ、商品価格に転嫁される可能性がある。
医療消耗品:注射器・点滴バッグ・医療用チューブなど、石油化学由来の素材を使う製品は多い。供給が長期化した場合、調達コストへの影響が及ぶ可能性がある。
電子・自動車部材:エンジニアリングプラスチックや絶縁材料など、川下の精密部品製造に影響が及ぶ可能性がある。
これらは今すぐ消えるわけではない。しかし、原料段階での不足は遅れて生活者に届く。「ガソリンは落ち着いた」というタイミングで、別の場所で物価への波及が始まる、というシナリオは排除できない。
発言の意味——「できた」ではなく「向かっている」
高市首相の発言は重要だが、それは「代替調達が確保できた」という宣言ではなく、「そこへ向けて動き始めた」という表明だ。
石油化学工業協会の需要分布データが示す通り、ナフサは樹脂・繊維・ゴム・塗料・洗剤など非常に裾野の広い産業原料だ。その調達多角化は、石油会社だけでなく化学会社・物流・商社・メーカーが連携して動かさなければならない構造問題でもある。
政府が「燃料の確保」から「石化原料のサプライチェーン維持」へ関心を広げたこと自体は、危機対応の進化を示している。問われるのは今後、実際の契約・輸送・入港・受け入れがどのペースで進むかだ。それが積み上がるまでの間、日本の産業界と生活者は「見えにくい原料危機」のリスクと向き合い続けることになる。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

