「静岡でリニアがついに動く」——そう受け取った人も多いかもしれない。だがこのニュースの正確な意味は、「ようやく着工できる」ではない。専門家が技術的な論点を詰める段階が終わり、これからは知事が政治的な責任を持って判断する段階に入ったということだ。その違いは大きい。
止まっていた理由——南アルプスの地下を掘ること
リニア中央新幹線の品川〜名古屋間を結ぶルートは、静岡県内で南アルプスの地下深くを通る。この区間(静岡工区)は、長らく着工が認められていない唯一の区間だった。
静岡県が問題視してきたのは主に三つだ。トンネルを掘ることで湧き出る地下水が大井川の流量を減らす「水資源への影響」、南アルプスに生息する希少生物への「生物多様性への影響」、そして掘削によって生じる大量の「残土(発生土)の処理」だ。
これらは環境への影響を懸念する話で、県はリニアそのものに反対しているわけではない。静岡県の公式立場は「リニア整備には賛同している。ただし、環境保全との両立が前提だ」というものだ。
何年もかけて積み上げてきた対話
静岡県は2024年2月、それまで積み上がっていた論点を「3分野28項目」に整理し、JR東海との対話を体系化した。この28項目は法律に定められた許認可要件とは別物で、静岡県が対話を明確化するために整理した対話フレームだ。
その後、論点は段階的に整理されていった。2026年1月には大井川の水利用に影響が出た場合の補償に関する確認書が、静岡県・JR東海・国の立ち会いのもとで締結され、水資源問題が大きく前進した。2月には残土の処理でも専門部会の了承が進み、そして3月26日の第20回生物多様性部会専門部会で、残っていた生物多様性に関する8項目についてもJR東海の対策が了承された。
これで28項目すべての技術対話が完了した。
「専門部会が了承」と「知事が着工を許可」は別のこと
ここが今回のニュースで最も誤解されやすい点だ。
専門部会は、県が求めた論点についてJR東海の対策・説明が妥当かを検討する場だ。一方、着工許可は、住民説明や法律・条例に基づく手続きも踏まえて、知事が最終的に行政判断・政治判断を下す行為だ。
今回終わったのは前者だ。後者はこれからだ。
静岡県によれば、今後の手順はこうなる。まずJR東海が地元住民への説明を行う。そのうえで法令や条例に基づく手続きを進める。それらの状況を見定めて、知事が着工許可を判断する。
平木省副知事は「JR東海が今後の諸条件をクリアすれば、年内着工もありえる」と述べ、鈴木知事も「できるだけ早い時期に決断できるように取り組みたい」と話した。ただし知事は「全ての住民の理解を得られているかの判断は難しい。JR東海の説明の状況を見定めて私が判断していく」とも述べており、住民説明の行方が残る焦点となる。
争点は「技術論」から「住民納得と政治責任」へ
南アルプスのトンネルをどう掘るか、大井川の水はどう守るか——これらの専門家が扱う技術的な問いは、長い時間をかけて県との対話の中で一定の整理がついた。
だが着工に向けて残るハードルは、技術ではなく「住民がどこまで納得しているか」と「知事がいつ政治的なGOサインを出すか」だ。静岡工区の問題は、専門家が解決できる性質の問いから、知事と地元住民が解決しなければならない性質の問いへと移った。
過去の対立イメージで「静岡がまだ反対している」と見るのは現状とズレがある。一方、「28項目完了で着工が決まった」と見るのも早合点だ。現在地は「技術的な前提が整い、あとは政治判断を待つ段階に入った」という局面だ。
「年内着工」と「開業」は別問題
最後に、もう一つ混同しやすいことをはっきりさせておきたい。
仮に年内に着工が認められたとしても、それはリニアが近く開業するという意味ではない。静岡工区は南アルプスを貫く難工事区間で、県や関連報道では工事自体に10年程度かかるとされている。JR東海は現時点で、品川〜名古屋間の開業時期について「2027年以降」という表現を維持したまま、具体的な時期を示していない。
年内着工が実現すれば「長年止まっていた最後の工区がようやく動き出した」という大きな節目にはなる。ただし、それは開業の見通しが固まったという話とは別だ。金子国土交通大臣が「大きな節目だ」と述べたのはその意味での節目であり、スケール感を正確に受け止めたい。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

