浜岡原発不正で原子力審査が変わる——計算履歴のない審査は成立しない

今回の問題を「中部電力が審査でデータ操作をした」と理解するだけでは、本当に重要なことを見落とす。原子力規制委員会が2026年3月27日に打ち出した再発防止策は、単なるペナルティや注意喚起ではない。少なくとも地震動審査の運用を大きく変えようとする転換点だ。


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何が起きていたのか——基準地震動という審査の土台

原発が再稼働するには、政府の新規制基準に基づく審査に合格しなければならない。その土台となるのが「基準地震動」だ。平たく言えば、「その原発の敷地で想定される最大級の揺れ」を数値化したもので、原子炉建屋や重要設備がこの揺れに耐えられるかどうかが、耐震設計の根幹になる。

基準地震動を求めるには、過去の地震記録や地質データをもとに、複数の条件でさまざまな揺れの波形(地震動)を計算する。計算によって大量の波形候補が生まれるが、審査書類に載せるのは「代表波」と呼ばれる一本だ。つまり、無数の候補の中からどの波を「代表」として選ぶか——その選び方が、評価結果の幅を左右する。だからこそ、選定の根拠が審査そのものの対象になる。

中部電力は浜岡原発3・4号機の再稼働審査で、この代表波の選定を巡り問題を起こした。当時の審査会合での中部電力の説明では「20組の地震動を計算し、平均に最も近い波を代表として選ぶ」とされていた。だが実際には、その説明と異なる方法、あるいは意図的な方法で選定が行われていた疑いが浮上した。


問題が表面化するまで——2019年説明から2026年発覚まで

この問題が公の場に出るまでには、長い時間がかかった。

2025年5月ごろ、原子力規制庁が基準地震動策定に関する調査を開始した。APの報道によれば、調査の発端には内部通報があったとされる。

同年中部電力との面談対応が続いたのち、2026年1月5日、中部電力は「代表波選定が審査会合での説明と異なる方法や意図的な方法で実施されていた疑いがある」と公表し、第三者委員会を設置した。

規制委はその直後、浜岡3・4号機の審査を停止。1月14日には他の原子力事業者に注意喚起を行い、中部電力には原子炉等規制法67条1項に基づく報告徴収——つまり事実経緯・原因・再発防止策を報告するよう義務づける処分を行った。


最大の問題は「記録がなかった」こと

2026年2月25日、規制委の検査結果が公表された。そこで明らかになったのは、データ操作の疑いよりもさらに深刻な事実だった。

  • 基準地震動の妥当性確認が、中部電力の社内で正式な確認対象になっていなかった
  • 策定過程の業務計画や記録が残っておらず、経緯がたどれない状態だった

航空・製薬・金融といったハイリスク産業では、「結論が正しいかどうか」と同等以上に「どのデータを使い、なぜそう判断したか」が後から検証できることが求められる。これを「監査証跡(audit trail)」と呼ぶ。どんな専門家が正当な手順で出した結論であっても、証跡がなければ検証できない。

原発の審査でも本来は同じはずだった。だが浜岡の場合、必要な証跡が残されていなかった。これでは、審査側がどれだけ専門的に数字を吟味しても、その数字が適切な手順で導き出されたものかどうか確かめる術がない。


「説明を信じる審査」から「計算履歴を追う審査」へ

3月27日に開かれた規制委と電力各社などとの会合で、規制側は今後の方向性を示した。

  • 基準地震動の策定手法をより明確に示すこと
  • 事業者に計算過程・地震データを保管させ、後から追跡できる仕組みを導入すること

山中伸介委員長は「規制側として不正が起きないような環境やルール作りを進めていかなければならない」と述べた。

これまでの新規制基準審査は、膨大な地震解析資料を事業者が提出し、規制側がその妥当性を専門的に吟味する構造だった。事業者の説明と資料の整合性は問われるが、「計算の全過程が記録され、外部から検証できるか」というデータガバナンスの視点は、必ずしも明示的に求められていなかった。

今回の対応は、その前提を変えようとしている。専門知見だけでなく、トレーサビリティ——計算履歴を追える状態を制度的に担保する方向への転換だ。


「他社は問題なし」は安心材料になるか

会合では、電力各社やメーカーなどの業界団体が「1月の調査で浜岡以外では同様事案は確認されなかった」と説明した。電気事業連合会(電事連)も今回の件を「極めて深刻」と受け止め、業界全体での取り組み状況確認を行っている。

ただし、自己点検の結論は記録の残り方に依存する。2月25日の検査が示したように、浜岡で最も深刻だったのは「記録が残っていない」という点だった。記録が十分でない状態で自己点検しても、「問題が起きていない」のか「記録がないから確認できない」のか、区別がつかない。記録保存の仕組みが整っていなければ、自己点検だけでは限界がある。

日本原子力学会は1月20日の声明で、「審査基盤となるデータを意図的に操作した疑いがあること自体、決してあってはならない」と批判し、原子力資料情報室は過去の審査全体を見直すよう求めている。信頼の問題は、一事業者のコンプライアンス違反を超えた次元にある。


浜岡が背負っている特別な重さ

浜岡原発は静岡県御前崎市に位置し、南海トラフ巨大地震の想定震源域に近い場所にある。このため以前から、地震リスクを象徴する原発として議論の対象になってきた。2011年の東日本大震災後、当時の菅直人首相が運転停止を要請したのも、この地理的条件が理由のひとつだった。

地震動評価を巡る不正疑いが、よりによってこの浜岡で起きたという事実は、国内だけでなく海外でも大きく報道された。APは「日本の原発再稼働政策への打撃」と位置づけ、福島事故後の安全不信や脱炭素・電力安定供給の文脈と組み合わせて報じた。


これは制度設計の問題だ

今回の規制委の対応をどう読むか。「不正を起こした事業者を厳しく取り締まる」という話ではない。それだけなら、中部電力への厳正処分で終わる。

規制委が打ち出しているのは、「審査に証跡管理を組み込む」という方向への動き出しだ。それは言い換えれば、これまでの審査が事業者の説明と提出資料の整合性を主に点検する設計だったのに対し、その前提が今回の問題で問い直されたことを、規制委自身が認めていることでもある。

原子力審査に必要なのは、専門知識と計算技術だけではなかった。後から誰でも検証できる記録——それが安全規制の土台に組み込まれるべきだという認識が、ようやく制度として動き始めた。


(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

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