備蓄石油はなぜアジアに回せないのか──日本の3層備蓄制度と地域共同安全網の空白

「日本には石油の備蓄があるのに、なぜ困っているアジアの国々に分けないのか」──そう思った人は少なくないだろう。赤澤経済産業大臣が3月27日の会見で「法令上、原則として国内の石油精製事業者向けを想定しており、協力は難しい」と述べたニュースは、一見、日本が隣国を見捨てているように映るかもしれない。

だが、そう読むのは制度の実態を外している。日本の石油備蓄は、最初から「アジア向けの共有在庫」として作られていないのだ。今回のニュースが本当に示しているのは、日本の冷たさより、アジアに欧州のような地域共同エネルギー安全網が存在しないという構造的な問題だ。


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日本の石油備蓄は「3層」になっている

まず、日本の備蓄制度を整理しておく必要がある。

日本の石油備蓄は一枚岩ではなく、異なる性格を持つ3層から成る。

国家備蓄は、国(資源エネルギー庁とJOGMEC=石油天然ガス・金属鉱物資源機構)が直接管理する在庫だ。有事の際に市場への放出を決定できる。

民間備蓄は、石油備蓄法に基づいて石油精製・販売事業者に義務づけられている在庫だ。日本の法律は石油会社に一定量以上の在庫保有を求めており、これが日常的な供給安定の基盤になっている。

産油国共同備蓄は、サウジアラビア・UAE・クウェートなどの産油国の原油を、日本国内のタンクに預かる形で保管するものだ。平時は産油国がアジア向け供給拠点として活用できるが、緊急時には日本の石油会社が優先的に購入できる仕組みになっている。

赤澤大臣の発表によると、日本はこの3層すべての放出をすでに順次開始している。国家備蓄・民間備蓄に続いて、3月26日から産油国共同備蓄の放出も始めた。3種類の在庫を全部動かし始めた段階で、日本は事実上、国内向けの非常時対応モードに入ったと読める。


なぜ「分けられない」のか──制度の目的から読む

この3層の備蓄は、どれも「日本国内の安定供給」を目的として設計されている。国家備蓄は有事に国内市場を守るためのもの、民間備蓄は法律で石油会社に課した国内用在庫、産油国共同備蓄も「緊急時に日本企業が優先購入できる」という仕組みが肝だ。

IEA(国際エネルギー機関)が今回実施している過去最大規模の共同放出も、基本的な考え方は同じだ。IEA加盟国は90日分以上の緊急備蓄を持つことが義務づけられており、重大な供給途絶時には各国が自国市場に在庫を放出して全体の逼迫を和らげる仕組みになっている。これは「加盟国が自国内に出すことでグローバル市場を緩和する」仕組みであって、日本がフィリピンや他の非加盟国に直接タンクを融通する制度ではない。

赤澤大臣が「協力は難しい」と言ったのは、善意の問題ではなく、制度の設計が原則として国内向けになっているからだ。


アジアが「特に厳しい」理由──欧州との違い

赤澤大臣は会見で「ヨーロッパと比べて今、アジアは厳しい」と述べた。この言葉が指している差は何か。

欧州には、IEA加盟国としての備蓄義務に加え、EU域内の連携、天然ガスのパイプライン網、市場統合といった多層的な安全網がある。加盟国がそれぞれ義務的な在庫を持ち、市場統合や制度的な調整余地が比較的大きく、危機時の緩衝材が厚い。

一方アジアでは、日本・韓国・オーストラリアのようにIEAに加盟して備蓄義務を持つ国と、フィリピンやインドネシアのように非加盟で備蓄・財政余力が薄い国も多く、混在している。欧州のようなEUの制度的枠組みも、アジア版のエネルギー共同体もない。

フィリピンは3月24日、「国家エネルギー非常事態」を宣言した。備蓄余力が薄い国では、中東産原油への輸送障害や価格高騰が即座に危機対応に直結する。日本が自国制度で国内を守るための備蓄を動かしているとき、同じアジアで仕組みのない国が苦境に陥るのは、各国が悪いのではなく、地域全体の安全網が薄いからだ。


G7とIEAは何をするのか

赤澤大臣は3月30日に、G7の財務相・エネルギー担当相・中央銀行総裁によるオンライン会合を開催することも明らかにした。「中東情勢の緊張が続き、特にアジアでエネルギー需給や経済活動に影響が出る中、G7としてどう連帯して対応するかを議論する」としている。

ただ、G7やIEAの枠組みが直接アジアの非加盟国を守る構造にはなっていない。IEAの共同放出は市場全体の逼迫を和らげる効果はあっても、フィリピンのような個別の国に備蓄在庫を回す仕組みではない。G7会合で何らかの追加対応が打ち出される可能性はあるが、現時点では議論の段階だ。


Summary

日本の備蓄石油をアジア諸国に提供するのが難しいのは、備蓄制度そのものが原則として国内安定供給のために設計されているからだ。これは日本固有の問題ではなく、IEAの仕組み全体が「各国が自国市場に出す」形を基本にしていることと一致する。

今回のニュースが示す本質は、「日本が冷たい」ではなく、「アジアには欧州のような地域共同エネルギー安全網が存在しない」ということだ。中東依存が高く、備蓄余力に差がある国々が混在するアジアで、今後どのような地域的な安全保障の枠組みが議論されるかが、焦点の一つになりうる。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

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