原油高と政策の答えは歴史にあるか──石油危機の教訓と令和日本の難題

ニューヨーク原油市場の先物価格は1バレル100ドルを超え、一時120ドルに迫った。イラン情勢の緊迫化でホルムズ海峡では通常の商業タンカーの通航が事実上封鎖に近い状態となり、国内のガソリン価格は1リットル190.8円と過去最高を更新した。政府はガソリン価格を抑える補助金を再開し、予備費からおよそ8000億円を手当てした。しかし、イラン情勢がいつ落ち着くかの見通しは立っていない。

こうした局面で、しばしば引き合いに出されるのが1970年代の「石油危機」の経験だ。あの時代に何が起き、何が失敗で、何が成功だったのか。そしてその教訓は今の日本にどこまで通じるのか。


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1973年、第1次石油危機──「狂乱物価」はなぜ起きたか

第1次石油危機は1973年、第四次中東戦争を機に中東産油国が原油輸出を制限・大幅値上げしたことで起きた。日本では翌年にかけて消費者物価指数(生鮮食品除く)の上昇率が24%を超え、「狂乱物価」と呼ばれた。1974年度の経済成長率は戦後初のマイナスに転落した。

だが、日本銀行の自行史(「日本銀行百年史」)には強い自己批判の言葉が並ぶ。「金融政策の運営が激しいインフレーション進展の重要な要因となったことについての苦い体験と厳しい反省」──。つまり、あの大混乱は石油危機だけで起きたわけではなかった。

当時の日本経済はすでに過熱気味だった。1972年に発足した田中角栄内閣は「列島改造論」を掲げて積極財政を打ち出し、1973年度予算は前年度比24.6%の増額。物価上昇率は石油危機が起きる前から10%を超えていた。金融緩和が長く続くなかで、燃料高騰という供給ショックが重なったことで、物価と景気への打撃は制御不能なまでに増幅された。

政策の後手が、危機の被害を大きくした。経済企画庁の当時の経済白書は「財政・金融両面から思い切った抑制策が講じられたが政策効果の浸透は遅れた」と記録している。


1979年、第2次石油危機──「早めの抑制」が明暗を分けた

第2次石油危機は1970年代末から80年代初頭、イラン革命などを背景にOPECが再び大幅値上げに踏み切ったことで起きた。しかしこのときの日本の物価上昇は、第1次危機ほどの暴騰にはならなかった。消費者物価の上昇率は10%に達しなかった。

何が違ったか。ひとつは経済の温度だ。第1次危機の直前と比べ、物価上昇率がすでに低かった。もうひとつは政策の速さだ。日銀は前回の教訓を活かし、早めに公定歩合の引き上げに動いた。政府も公共投資の抑制や省エネ(冷暖房の温度管理の徹底など)を迅速に進めた。国民も比較的冷静に対応したとされる。

「全面的に需要を刺激しない」「価格高騰に補助でまるごと対抗しない」という姿勢が、結果として経済の損傷を抑えた。


今の日本は1973年に似ているか、1979年に似ているか

表面的には第1次石油危機に重なる部分がある。ホルムズ海峡の通常の商業通航が大きくまひしたという地政学的ショック、原油価格の急騰、ガソリン・電気・ガスへの波及、社会への不安拡大──構図は重なる。

しかし、経済の内側の状態はかなり違う。

まず、日本の石油依存度は1970年代より大幅に下がっている。内閣府の試算では、原油輸入額の対GDP比や原油使用量の対GDP比は当時と比べて顕著に縮小しており、同じ価格高騰でも打撃の波及は相対的に抑えられやすい。

一方で、今の日本には「1970年代にはなかった難しさ」もある。賃金が上昇し、物価もすでに2%を超えて推移しているなかで、日銀は「利上げを目指す姿勢を維持」しつつも、原油高がインフレを加速させるリスクと成長を冷やすリスクの両方を抱えている。植田日銀総裁は3月の会見で「物価が上振れするリスクを重視する人と下振れを重視する人に分かれた」と語り、判断の難しさをにじませた。補助金を出せば財政が悪化し、出さなければ物価高が家計を直撃する。簡単に切れる手がない。


専門家が示す二つの方向性

専門家の見方は大きく二つに割れる。

日本総合研究所の石川智久チーフエコノミストは、財政出動による需要刺激には慎重な立場だ。「今は人手不足で賃金も物価も上がっているなかで、さらにいろいろな値段が上がるリスクに注意が必要。ガソリンの値段を抑えるより、省エネ対応のほうが大事ではないか」として、支援の対象を失業対策や打撃を受ける産業に絞ることを提唱する。金融政策についても「後手に回れば長期金利が跳ね上がるリスクがある」として、引き締め的な運営を求める。

一方、PwCコンサルティングの片岡剛士チーフエコノミストは、エネルギー分野に絞った財政支援については一定の合理性があると見る。「激変緩和措置を進めているなかで、過度な金融・財政緩和が重ならなければ、このインフレ圧力が大きくインフレ率を高めるとは言いにくい」とする。また「過去30年の経済停滞で資本設備が毀損し、供給不足のインフレが起こりやすくなっている」として、供給力を高める中長期的な設備投資支援の必要性も指摘する。

二人の立場の違いは「補助金の是非」よりも深いところにある。石川氏は「需要を刺激しすぎない」ことを優先し、片岡氏は「供給側の底上げ」をセットで考えるという、政策の重点の置き方の違いだ。

出典:NHK記事


問われているのは「補助するかどうか」ではなく「何をどこまで守るか」

今の局面でひとつはっきりしていることがある。1973年と違い、日本には約8か月分の石油備蓄があり、LNG在庫も中東経由輸入量との比較で一定の水準が確保されている。IEAも過去最大規模の4億バレル放出を決めた。「明日から油が来ない」という事態ではなく、当面の問題は価格の高止まりと、その家計・企業への打撃だ。

政府の課題はいまや「補助金を出すかどうか」の単純な二択ではなく、「どの分野を対象に、どの程度の期間、何を守るのか」という線引きになっている。高市首相は「長期化した場合にも息切れしないよう、支援のあり方を柔軟に検討する」と述べており、追加対応の余地を示唆している。ただ、財政にも限りがある。

過去の経験を踏まえると、価格高騰を全面的に抑え込もうとするほど、後から財政・物価面の負担が別の形で表れやすい。少なくとも第1次石油危機は、ショックそのものより政策対応の遅れが傷を深くした。どこを守り、どこは受け入れるか。その政策判断の質が、事態が長期化するほど重みを増す。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

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