イランとの緊張が続き、石油の流通ルートに異変が生じている。一部のガソリンスタンドからは仕入れが難しくなっているとの声も出始めた。政府はすでに民間備蓄15日分と国家備蓄当面1カ月分の活用を打ち出し、産油国共同備蓄の迅速活用も組み合わせた放出措置に踏み切っているが、その期間は「4月ごろまで」と見込まれていた。ところが3月23日、石油元売り業界の最大団体である石油連盟の木藤俊一会長は、5月以降も放出を継続するよう政府に要望する考えを明らかにした。
この一言が意味するのは、業界がこの危機を「短期のショック」ではなく、「数カ月単位で続く問題」と見始めたということだ。
備蓄放出とは何か
そもそも「備蓄石油の放出」とは何か。日本は万一の供給途絶に備えて、国と民間が大量の石油を蓄えている。3月時点の資源エネルギー庁の統計では、国家備蓄146日分、民間備蓄96日分、産油国共同備蓄6日分——合わせて248日分という水準だ。IEAの基準換算でも210日分に達している。
この備蓄を緊急時に市場へ放出することで、供給不足や価格急騰を和らげる。緊急ブレーキのような役割だと思えばわかりやすい。
3月11日には、国際エネルギー機関(IEA)が加盟32カ国で合計4億バレルの緊急備蓄を市場に出すと決定した。過去最大規模の協調放出であり、日本もこれに参加している。
「想定外」だった2つのこと
木藤会長が今回の会見で明かしたのは、想定外の事態が2つ重なっているという認識だ。
ひとつは、ホルムズ海峡を通る原油・石油製品の流れが急減し、物流がまひに近い状態になっているとの認識。もうひとつは、イランの攻撃が湾岸諸国の石油関連施設にまで及んでいること。会長は「当初、誰も想定できなかった」と述べた。
ホルムズ海峡は、サウジアラビア、UAE、イラクなどの産油国から原油を積んだタンカーが必ず通る要所だ。日量約2000万バレルの原油・石油製品が通る要衝であり、世界の海上石油輸送の大きな部分を担う。この海峡の通行が不安定になると、産油国がどれだけ生産していても、日本まで届くタンカーの数が減ることになる。
なぜ「4月で終わり」では困るのか
現在の備蓄放出は、あくまで市場の混乱を一時的に和らげるための措置だ。IEAも、協調放出は有力な緩衝材ではあるが、紛争が長引けば一時しのぎにとどまるとみている。ホルムズの物流が回復しなければ、根本解決にはならない。
危機が続く中で4月以降に放出が止まれば、供給不安が再燃する可能性がある。とくに放出が終わった後、備蓄を補充しようにも、海峡情勢が安定しなければ補充そのものも難しい。そのため業界は、期限切れ直前に慌てるのではなく、今のうちから5月以降の対応を決めたいと考えている。
「今の情勢が続くようであれば、次の備蓄放出も必要になる」という木藤会長の発言は、そうした判断から来ている。
「15日で届く」アラスカ原油という選択肢
供給の緊急ブレーキを延長しながら、同時に業界が動いているのが調達先の多角化だ。木藤会長は、北米を主なターゲットとして挙げ、さらにエクアドル、コロンビア、メキシコといった中南米でも各社が調達の可能性を探っていると説明した。
中でも注目されるのが、アラスカ産の原油だ。会長は「日本のメリットとしては非常に近い。15日前後で届くため即効性がある」と評価した。
中東からタンカーで原油を運ぶ場合、日本まで約20日かかるとも言われる。アラスカなら太平洋を渡るだけで済み、輸送日数が短い分だけ緊急時の対応が取りやすい。こうした北米調達の発想は、日米間でアメリカ産エネルギー拡大が確認されてきた流れとも重なる。
「切り替えればいい」ではすまない現実
ただし、「北米に切り替えればいい」という話でもない。原油はどれも同じではなく、重さや硫黄分の違いによって、各製油所で処理できる性状に限りがある。輸送コスト、既存の売買契約、港の受け入れ能力なども影響してくる。
アラスカにしても、生産設備の増強には投資と時間が必要で、すぐに中東の代替になるわけではない。木藤会長自身、「生産設備の増強といった投資を伴うものは時間がかかる」と認めている。
つまり、調達の多角化は「今月から完全に代替できる」ものではなく、半年・1年という単位でじっくり進める話だ。備蓄放出が「短距離走」だとすれば、調達多角化は「マラソン」に相当する。
「供給は絞っていない」
足元の状況について、一部のガソリンスタンドなどから「仕入れが難しくなっている」との声が出ていることも事実だ。これに対して木藤会長は、石油元売り各社が「供給を絞ることはしていない」と否定したうえで、「国民の生活を守る使命があり、切らすことなく確実に供給していく」と述べた。
現場で起きている問題は、元売りが意図的に制限しているのではなく、物流の混乱や需要集中による局地的な逼迫の可能性が考えられる。ただし、具体的な原因についての公式な説明は現時点では明かされておらず、詳細は不明だ。
見えてきた構図
今回のニュースは、単なる「要望書を出す」という話ではない。備蓄放出の延長を求めるということは、業界が危機の時間軸を「数週間」ではなく「数カ月以上」と見積もっているということだ。
政府がこの要望をどう受け止めるか、そして実際に5月以降の放出延長が決まるかどうかは、今後のイラン情勢とホルムズ海峡の動向にかかっている。いずれにせよ、私たちの日常——ガソリン代から輸送コスト、電気料金まで——は、遠い海峡の情勢と地続きでつながっている。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

