サウジは原油を「出せても欲しい種類が出せない」——ホルムズ危機が生む石油の迂回路とその限界

石油があるのに、届かない。届いても、欲しい種類ではない。

世界最大の石油輸出国であるサウジアラビアが、今まさにその矛盾に直面している。中東での戦争をきっかけに、長年使ってきた主要な輸出ルートが大きく制約され、別の港に切り替えようとしているが、そこには「量」と「種類」の両面で限界がある。

その実態が、4月分の原油取引をめぐる1つの決定に凝縮されている。


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世界の石油が通る「海峡」でリスクが急上昇した

まず、この危機の震源地を理解するために、地図を思い浮かべてほしい。

ペルシャ湾は、アラビア半島とイランにはさまれた内海だ。湾の東端には、幅わずか33〜96キロメートルほどの細い水道がある。それが「ホルムズ海峡」だ。

このホルムズ海峡を通って、世界の石油輸送量の約2割が流れている。米エネルギー情報局(EIA)によると、2025年上半期時点で日量約2090万バレルの石油・石油製品がここを通過していた。サウジアラビア、クウェート、イラク、イランなどペルシャ湾岸の産油国にとって、ホルムズ海峡は最大の輸出ルートだ。

2026年に入り、米国・イスラエルとイランの戦争が始まった。イランはミサイル、機雷、ドローンによる攻撃で海峡通過に対するリスクを急上昇させ、輸送量は大きく落ち込んだと複数のメディアが報じている。ただし「完全封鎖」の程度については、ソースによって評価に差がある。


サウジが頼る「もう一つの出口」——ヤンブー港

ペルシャ湾側の輸出ルートが大きく制約されると、サウジアラビア国営石油会社アラムコが迂回路として頼りにしたのが「ヤンブー港」だ。

ヤンブーは、サウジアラビアの紅海(ペルシャ湾とは逆側、アフリカ大陸と向き合う海)に面した港湾都市だ。メッカから北に約350キロ、イスラム教の聖地と並ぶ歴史ある地でもある。そして今、この街が世界のエネルギー供給の分岐点になっている。

サウジ東部の油田地帯からヤンブーまでを結ぶのが「東西パイプライン(East-West Pipeline)」だ。全長1200キロ以上に及ぶこのパイプラインは、ホルムズ海峡を通らずに原油を西岸へ運ぶための迂回路として整備されてきた。2018年にはヤンブー南ターミナルの増設工事が完了し、輸出能力がさらに強化された。

Reutersなどによると、ナセルCEOはこの東西パイプラインを日量700万バレルの最大容量に近づける考えを示した。しかし実態は違った。


「量が足りない」という現実

ブルームバーグによると、ヤンブーからの出荷量は一時、日量400万バレルを超えるピークに達した。しかしその後、日量約360万バレルまで減少している。

問題はこの数字と比較すべき「元の量」だ。サウジアラビアは昨年、ペルシャ湾経由で日量約630万バレルの原油を輸出していた。EIAの試算では、サウジの東西パイプラインとUAEのパイプラインを合わせても、ホルムズ海峡に代わる迂回能力は日量約470万バレルにとどまる。

つまり、ヤンブーはサウジの輸出に必要な量を完全には賄えない。「救命ボートとして機能はするが、全員は乗れない」という状況に近い。

一部報道では、アラムコが貯蔵施設の容量不足を理由にサファニヤおよびズルフ油田での生産を一部停止したと伝えられているが、その規模の公式確認はソースによって差がある。


「種類が違う」という問題

量の問題だけではない。ヤンブーから出せる原油の「種類」にも制約がある。

原油は一種類ではない。産地によって「軽い油」「重い油」「硫黄分の多い油」「少ない油」などに分かれており、製油所はその差を前提に設備を設計している。たとえば、重質原油(重たくて粘り気の強い油)を処理するために設備投資した製油所に軽質原油を持ち込んでも、効率が落ちる。

サウジの代表的な輸出品には、比較的軽い「アラビアン・ライト」、より重い「アラビアン・ヘビー」などがある。アジアの製油所の多くは、コストパフォーマンスの高い中質〜重質系のサウジ原油を前提に設計・運営されている。

ところがヤンブーの南ターミナルは、アラムコの公式発表によると「アラビアン・ライト」と「アラビアン・スーパーライト」を主に扱う設備として整備されている。アラムコはアジアの購入企業に対し、4月積み分の振り替え先としてヤンブーを提案する際、「ヤンブー案はアラビアン・ライトのみ」と明示せざるを得なかった。

ロイターによると、通常より重質の原油を好むアジアの製油所は、この制約を補うため、メキシコや中南米といった遠方から別の重質油を調達する必要が生じているという。輸送コストが跳ね上がるのは言うまでもない。


ヤンブー自体も脅威にさらされた

事実上の主力迂回路となったヤンブーも、安全ではなかった。

複数のメディアによると、イランのミサイルがヤンブーの精製設備「SAMREF」付近に着弾し、一時的に原油積載が停止したと伝えられた。サウジ国防省は弾道ミサイルを防衛システムで迎撃したと説明しているが、港湾機能が脅威にさらされた事実は変わらない。

また、外交関係もさらに悪化したと報じられており、サウジがイランの外交官を国外追放したと複数のメディアが伝えている。

ナセルCEOは今回の危機を「地域の石油・ガス産業が直面した最大の危機」と位置づけたとロイターが伝えている。


紅海ルートも「安全な幹線」ではない

ホルムズ海峡を避けてヤンブーから積み出しても、その先にも制約がある。

ヤンブーから北上してスエズ運河へ向かうには「スエズ湾」を経由し、南下してアジアへ向かうには「バブ・エル・マンデブ海峡」を通る必要がある。バブ・エル・マンデブはアフリカ大陸の角(ソマリア方面)とイエメン・アラビア半島の先端のあいだにある水道で、ここも近年、フーシ派による攻撃で通航リスクが高まっているとEIAは指摘している。

さらにアジア向け輸送の場合、ヤンブーからアジアまでの距離は、ペルシャ湾経由のラスタヌラからより大幅に長くなる。輸送コストの増加は、最終的にアジアの購買者が負担することになる。


日本への影響

日本にとってもこの危機は他人事ではない。日本は原油輸入の約90%を中東に依存しており、ホルムズ海峡の混乱はサウジ1国の問題にとどまらない。

資源エネルギー庁は2026年3月2日、「イラン情勢を踏まえたエネルギー対策本部」を設置した。日本が注視しているのは、中東産原油の量だけでなく、どのルートで、どの油種が、いつ届くか、という実務上の問題だ。


「石油の危機」は量だけではない

今回の事態が示すのは、エネルギー危機が単純な「供給量の不足」以上の問題だということだ。

石油は東部の油田に埋まっている。パイプラインも通っている。しかし出せる港の能力は限られ、出せる油の種類も偏りがあり、迂回ルートの先にも制約がある。

「量がある」ことと「届く」ことは別であり、「届く」ことと「欲しい種類で届く」ことはさらに別の話だ。

アジアの製油所、そして日本の消費者が支払うエネルギーコストに、この「迂回路の限界」は着実に上乗せされていく。


(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

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