ガソリン価格の上昇が家計を直撃する中、日本の農家や漁業者にも別の不安が広がり始めている。鈴木農林水産大臣は3月19日の閣議後会見で、イラン情勢を受けた燃料・資材コストの上昇懸念に対し、「不安のない状況を作れるよう努力したい」と述べ、政府の激変緩和措置などを通じて対応する考えを示した。
注目されるのは、もはや燃料代だけが問題ではないという点だ。肥料の原料となる「尿素」の国際価格も上昇しており、農業の生産コスト全体を揺るがしかねない状況にある。
農業は燃料使用量の多い産業
そもそも、なぜ農家がイラン情勢に敏感なのか。農業は日常生活以上に燃料を使う産業だからだ。
トラクターや田植え機、コンバインなどの農業機械はもちろん、施設園芸(ハウス栽培)の暖房、農産物の乾燥・運搬まで、多くの工程で燃油や電力を消費する。ガソリンスタンドの価格が上がれば、農家にとっては作業コストがそのまま膨らむ。
これに対し政府は、ガソリンや軽油などの価格を一定水準以下に抑える激変緩和措置(価格急騰を和らげるための補助金制度)を続けている。さらに、国の石油備蓄の放出も決まっているとして、鈴木大臣は「春の農作業で燃油を使うことになると思うが、不安のない状況を作れるよう努力したい」と語った。
「燃料高」の次に来る「肥料高」
政府の対策で燃料価格を一定程度抑えられるとしても、農業コスト全体が落ち着くかどうかは別の問題がある。それが肥料だ。
肥料の原料として重要な「尿素」は、製造に大量の天然ガスを必要とする窒素肥料の一種で、中東は主要な生産地の一つだ。イラン情勢の緊迫化によって中東のエネルギー施設への攻撃リスクが高まると、天然ガスの供給不安を通じて尿素の国際価格にも圧力がかかる。
ロイター通信によれば、ホルムズ海峡をめぐる混乱で肥料取引への影響が懸念されており、尿素など窒素肥料の国際価格は戦争前と比べて約40%上昇したとされている。鈴木大臣も会見でこの動向に触れ、「価格の動向を注視した上で、生産現場が厳しい状況に追い込まれることのないようどうすべきか検討したい」と述べた。
問題を大きくしているもう一つの要因
尿素価格の上昇を複雑にしているのが、中東情勢だけではないことだ。ロイター通信は、中国が国内の食料安全保障を優先するため、肥料の輸出規制を強めていると報じている。中国は世界有数の肥料生産国・輸出国であり、その動きが重なることで、世界の肥料需給が一段と締まりつつある。
こうした状況を受けて、ロイター通信によれば、インドでは政府がすでに肥料の調達先をロシア、ベラルーシ、モロッコなどへ分散させる動きを進めているという。「不足してから対応する」のではなく、先を見越して動き始めている状況だ。
日本でも農水省の姿勢として「注視」「検討」という言葉が使われているが、調達多角化の具体策については現時点では示されていない。
激変緩和措置で「全部」は抑えられない
政府が打ち出している激変緩和措置は、ガソリンや軽油などの石油製品価格の急騰を抑える効果がある。しかし、肥料の国際市況そのものを止める力はない。
確認できる事実として、鈴木大臣は燃料については補助金と備蓄放出で対応する考えを明言した。一方、肥料については「動向を注視して検討する」という段階にとどまっており、具体的な支援策はまだ示されていない。
燃料高は補助金でしのげても、肥料高は別の対応が必要になる——これが現時点での構図だ。農家がコスト増を吸収しきれなくなった場合、作付けの判断や出荷価格に影響が及ぶことも考えられる。ただし、農業生産や食料価格への具体的な影響がどの程度になるかは、今後の中東情勢の推移と肥料市場の動向によるところが大きく、現時点では不明な部分が多い。
今後の注目点
エネルギー価格の上昇が、肥料や生産コストを通じて食料供給に波及し得る——今回の鈴木大臣の発言は、その入り口に立っていることを示している。
今後の展開を左右する注目点は、主に以下の3点だ。
- 原油・天然ガス価格の高止まりが続くか:イラン情勢が長期化するかどうかが直接影響する
- 尿素など肥料価格の上昇が長引くか:中国の輸出規制の動向も絡み、単発の中東ニュースでは終わらない可能性がある
- 政府が燃料以外の支援策を打ち出すか:激変緩和措置が届かない肥料・資材コストへの対応が求められる場面が来るかもしれない
政府の激変緩和措置が春の農繁期の不安を和らげる効果はあるとみられる。長期化した場合に肥料コストや資材費まで含めた農業経営全体をどう守るかは、これから問われる課題だ。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

