「1992倍」の汚染水が、工場の地下に眠っていた―― 石川・白山、DIC北陸工場のPFAS問題を読み解く

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【衝撃の数字――「指針値の1992倍」とはどういう意味か】

2026年2月17日、石川県白山市湊町にある化学メーカー「DIC」の北陸工場で、深刻な地下水汚染が明らかになった。

同社が公表した調査結果によると、工場敷地内の地下水から、有害性が指摘される有機フッ素化合物「PFOS」と「PFOA」が、国の指針値の1992倍という高濃度で検出された。この発表を受け、白山市は湊町の一部区画の住民に対し、井戸水の飲用を控えるよう呼びかけた。

「1992倍」という数字は、いったい何を意味するのか。

国は、飲料水や地下水に含まれるPFOSとPFOAの合計値について、1リットルあたり50ナノグラム以下を指針値(暫定目標値)としている。ナノグラムとは10億分の1グラムという極めて微小な単位だ。それほど厳しい基準に対して、今回検出された値は1リットルあたり最大9万9600ナノグラム。2000倍近い濃度の汚染が、地下に潜んでいたことになる。

ただし、「工場の地下水が汚染されている」という事実と、「日常的に飲んでいる水が危ない」という話は、必ずしもイコールではない。この記事では、何が起きているのかを順を追って整理し、私たちが本当に考えるべきことを探っていく。

【PFASとは何か――「永遠の化学物質」の正体】

■フライパンや防水スプレーにも使われてきた物質

PFAS(ピーファス)とは、「有機フッ素化合物」と呼ばれる化学物質の総称だ。炭素とフッ素が強く結びついた構造を持ち、熱や水、油に対して非常に強い耐性を持つ。そのため、フライパンの焦げつき防止コーティング、衣料品の防水加工、消火剤、包装材など、私たちの身の回りの様々な製品に長年使われてきた。

高度経済成長期から現代にかけて、PFASはまさに「便利な素材」として世界中で広く使われた。しかしその便利さの裏に、深刻な問題が潜んでいた。

■なぜ「フォーエバーケミカル」と呼ばれるのか

PFASが世界的に問題視されるようになった最大の理由は、その「分解されにくさ」にある。炭素とフッ素の結合は化学的に非常に安定しており、自然界に放出されても土壌や水の中でほとんど分解されない。動物の体内に取り込まれると蓄積し続ける性質もある。

こうした特性から、PFASは「フォーエバーケミカル(永遠の化学物質)」とも呼ばれる。一度環境中に広がってしまうと、取り除くことが極めて難しいのだ。

■特に注目されるPFOSとPFOA

PFASには数千種類もの化合物が存在するが、中でも国際的に議論が進んでいるのが「PFOS」と「PFOA」の2種類だ。

PFOSはかつて撥水剤や消火剤に広く使われ、PFOAはフッ素樹脂の製造過程などで使用されてきた。両者ともに、健康への影響の可能性が国際的な研究で指摘されており、各国で規制・削減が進んでいる。環境省のまとめによれば、国内においてPFOS・PFOAの摂取が主因とみられる個別の健康被害が確認されたとの報告はないとされているが、予防的観点から規制が強化されてきた経緯がある。日本でもPFOSは2010年、PFOAは2021年に製造・輸入が原則禁止となった。

【なぜこの工場で――DICの歴史と汚染の経緯】

■インキから化学へ、100年以上の歴史を持つ企業

DIC株式会社は、大日本インキ化学工業を前身とする東証プライム上場の化学メーカーだ。インキ・塗料を起点に、合成樹脂や有機顔料など多岐にわたる化学製品を手がけてきた。1908年の創業から100年以上の歴史を持つ、日本を代表する化学企業のひとつである。

■「製造していた」という事実

今回、高濃度汚染が確認された北陸工場では、2003年までPFOSを製造していた。さらに、分解される過程でPFOAが生成される可能性のある物質を、2014年まで使用し続けていたという。

DICの発表によれば、こうした過去の製造・使用履歴が今回の汚染と関係している可能性がある。ただし、どの時点でどのような経路で地下に浸透したかについては、現在も調査中であり、原因の特定はこれからの段階だ。

■「知らなかった」では済まされない問題

この問題の背景には、規制が追いつかなかった時代の産業構造がある。かつてPFOSは適法に製造・使用されており、今回の汚染もその時代の遺産といえる側面がある。しかし「当時は問題なかった」という論理が、地域住民への説明として十分かどうかは別問題だ。

汚染が発覚した今、企業がどこまで誠実に対応するかが問われている。

【住民が最も気になる疑問――「飲み水は大丈夫なのか」】

■「工場の地下水」と「飲み水」は別物かもしれない

今回の調査で高濃度のPFOS・PFOAが検出されたのは、工場敷地内の「浅い地層の地下水」だ。この点は非常に重要である。

地下水には大きく分けて、地表に近い「浅い地層」のものと、深く掘削して得る「深い地層」のものがある。一般に、浅い地層の地下水は地表からの汚染を受けやすく、深い地層のものはそうした影響を受けにくいとされる。

DICによれば、工場内で利用している深い地層の地下水については、PFOSもPFOAも検出されていないという。

■上水道と井戸水でリスクは異なる

では、周辺住民の飲み水はどうか。白山市の住民が日常的に使う水道水は、上水道として供給されている。上水道は水源から取水し、浄水処理を経て供給されるため、今回の工場敷地内の地下水がそのまま水道水になるわけではない。

一方、自家用井戸を利用している住民については、より慎重な対応が必要だ。白山市がすでに湊町の一部区画で井戸水の飲用自粛を呼びかけているのは、こうしたリスクを踏まえた措置である。工場周辺の農業用水についても、影響範囲の確認が急がれる。

■「安全」の確認はこれから本番

企業側の発表だけで安心するのは早い。工場外への拡散がないかを確認すること、周辺の井戸や農業用水の水質検査が行われること、そしてその結果が住民に透明性を持って公開されることが不可欠だ。

DICは2月18日以降、周辺住民への説明会を開くとしている。そこでどこまで具体的な情報が提供されるかが、住民の信頼を得るための第一歩となる。

【日本とEUで、こんなに違う「安全の基準」】

■日本の指針値は「暫定」のまま

日本では令和2年(2020年)から、水道水に含まれるPFOSとPFOAの合計を1リットルあたり50ナノグラム以下とする暫定目標値が設けられている。地下水についても同様の指針値が適用されている。ただし、この数値はあくまで「暫定」の扱いであり、法的拘束力を持つ「基準値」ではない。

目標値と基準値の違いは大きい。基準値であれば超過した場合に行政が強制的に措置を取れるが、暫定目標値の場合は対応が企業や自治体の裁量に委ねられる部分が大きい。環境省は制度の見直しを進めているが、法的に実効性ある規制が整備されるまでにはまだ時間がかかる見通しだ。

■EUは2026年から厳格な規制を導入

一方、欧州連合(EU)では2026年から、飲料水指令の枠組みでPFAS規制が大幅に強化される。欧州委員会の指令では、特定の20物質の合計で1リットルあたり100ナノグラム、PFASの総合計では500ナノグラムという基準値が設けられる予定だ。

この数値と比較しても、今回検出された9万9600ナノグラムという値がいかに突出しているかが分かる。EUの厳しい方の基準に照らせば、約1000倍に相当する水準だ。欧州では、PFASによる地下水汚染が深刻化し、複数の地域で飲料水として使えなくなる事態も生じている。日本においても、規制の「暫定」状態を早急に見直す必要性は高まっている。

【これから何を見るべきか――問題は「進行中」だ】

■チェックポイント1:汚染の拡散状況

最も重要なのは、汚染が工場の敷地外に広がっているかどうかだ。地下水は目に見えない形で流れており、敷地外の土壌や水源に影響が及んでいる可能性がある。DICが実施する調査に加え、行政が独立した立場で検査を並行して行うことが望ましい。

■チェックポイント2:周辺の井戸・河川・農業用水の検査

工場周辺の井戸水や近隣河川、農業用水について、早急な水質調査が求められる。特に自家用井戸を飲み水や生活用水に使っている住民への対応は、急を要する。白山市はすでに一部区画への呼びかけを行っているが、対象範囲が十分かどうかも注目点だ。

■チェックポイント3:対策のロードマップ

汚染された地下水をどのように処理するか。揚水による回収、活性炭を使ったろ過処理、汚染土壌の除去など、具体的な対策の手順と時期が明示されることが必要だ。「調査します」という表明だけでなく、いつまでに何をするかを示す工程表の公開が求められる。

■チェックポイント4:行政の関与と情報公開

石川県と白山市がこの問題にどう関与するかも重要だ。企業任せにせず、行政として定期的な調査を実施し、その結果を住民に分かりやすく公開する体制が整えられるかが問われる。

【まとめ――この問題は「対岸の火事」ではない】

今回の白山市の事例は、決して特別なケースではない。

全国では以前から、各地でPFASによる地下水・水道水の検出事例が報告されており、自治体が調査結果を公開するケースが相次いでいる。沖縄県や東京・多摩地区でも過去に高濃度の検出が報じられ、自衛隊基地や米軍基地周辺でも問題が取り上げられてきた。あなたの住む地域でも、水道水の水質検査結果は各自治体が公開しており、確認することは誰にでもできる。

「1992倍」という数字は衝撃的だが、それ以上に重要なのは、この問題が「発表されたから終わり」ではないということだ。汚染の全容解明、拡散の防止、住民への透明な情報提供、そして実効性ある規制の整備――これらすべてが、これから本格的に問われていく。

私たちひとりひとりが、自分たちの水と環境に対して関心を持ち続けることが、今この問題に向き合う出発点になる。

(了)

【参考情報】
・環境省「PFOS・PFOAに関するQ&A」
・欧州委員会 飲料水指令(Drinking Water Directive 2020/2184/EU)
・白山市による住民向け飲用自粛の呼びかけ(2026年2月)

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Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

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