フィリピンLNG基地に見る日本のアジア戦略 中東リスクで高まるエネルギー供給網の再構築

中東情勢を背景に、アジアの電力供給をどう守るかが改めて意識されている。そこで注目されているのが、再生可能エネルギーそのものではなく、LNG=液化天然ガスの受け入れ基地だ。

一見すると、脱炭素を進める時代に化石燃料の施設を重視するのは逆行しているようにも見える。だが、電力需要が伸び続ける東南アジアでは、安定供給と脱炭素を同時に進めるための「つなぎ役」としてLNGを位置づける考え方がある。

岸田文雄元首相がフィリピンでLNG受け入れ基地を視察した動きは、単なる海外訪問にとどまらない。外務省発表では、岸田氏は首相特使およびAZEC議員連盟最高顧問として訪問したとされており、日本企業の海外インフラ展開、中東リスクへの備え、日本が主導するAZEC構想が重なるエネルギー外交の一場面と位置づけられる。

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なぜフィリピンのLNG基地が注目されるのか

岸田元首相は、自民党の議員連盟のメンバーとともにフィリピンを訪問し、バタンガス州にあるLNG受け入れ基地を視察した。この施設は日本企業も出資し、2025年に商業運転段階に入ったとされる。

特徴は、海上に浮かぶ「浮体式」の施設である点にある。陸上に大型タンクを建てるのではなく、海に浮かぶ設備でLNGを貯蔵し、気体に戻して、隣接する火力発電所に供給する。こうした設備はFSRUと呼ばれ、比較的短い期間で導入しやすい。

フィリピンにとって、これは切実な電力問題とつながっている。経済成長と人口増加で電力需要が増える一方、これまで発電を支えてきた国内ガス田の生産減退が見込まれているためだ。東京ガスによると、フィリピンの電力需要は過去10年間で年率4%程度増えてきた。

つまり、今回の視察先は「日本企業が関わる海外施設」というだけではない。フィリピンが電力不足を避けるために、どの燃料をどう確保するかという現実的な課題の最前線でもある。

LNGは脱炭素と矛盾するのか

ここで読者が抱きやすい疑問は、LNGが化石燃料であることだ。脱炭素を掲げるなら、なぜLNGなのか。再生可能エネルギーに直接投資した方がよいのではないか。

この疑問は重要だ。LNGは天然ガスを冷却して液体にしたもので、燃やせば二酸化炭素を出す。脱炭素の最終的な答えではない。国際的にも、LNGインフラの拡大には慎重な見方があり、気候変動対策を重視する団体などからは、再生可能エネルギーへの投資をより優先すべきだという批判も出ている。

一方で、東南アジアの現実は単純ではない。電力需要が伸びる国で、石炭火力をすぐに減らしながら、再生可能エネルギーだけで安定供給を担うのは難しい。太陽光や風力は重要だが、天候や時間帯によって発電量が変わる。工場や都市の電力を支えるには、需要に応じて出力を調整しやすい電源も必要になる。

そのため日本政府は、LNGを「移行燃料」として扱う考え方をとっている。石炭への依存を減らしながら、再生可能エネルギーや水素、アンモニアなどへの移行を進めるまでの現実的な選択肢という位置づけだ。

ただし、この見方には条件がある。LNGを使うこと自体を目的にしてしまえば、長期的な脱炭素とはずれる。重要なのは、LNGをどの期間、どの役割で使い、将来の低炭素化につなげるかだ。

中東情勢がなぜアジアの電力問題に響くのか

岸田氏は視察後、中東情勢を踏まえ、エネルギー供給構造の再構築が議論されていると述べた。ここに今回のニュースの大きな意味がある。

アジアの多くの国は、エネルギー資源を輸入に頼っている。中東情勢が不安定になれば、原油やLNGの調達価格、輸送、備蓄、サプライチェーンへの影響が意識されやすくなる。電気料金や企業活動にも波及し、最終的には家計にも関係してくる。

日本にとっても他人事ではない。フィリピンなど東南アジアの電力供給が不安定になれば、現地で事業を行う日本企業や、部品・製品の供給網にも影響が及ぶ可能性がある。エネルギー安全保障は、発電所や燃料会社だけの話ではなく、製造業や物流、日々の物価にもつながる問題だ。

岸田氏が強調した「エネルギー安全保障、経済成長、脱炭素の同時実現」は、きれいな理念というより、どれか一つだけを選べないという現実を表している。電力が足りなければ経済は止まる。化石燃料に頼り続ければ脱炭素は進まない。調達先が偏れば、国際情勢の変化に弱くなる。

この三つを同時に扱う難しさが、今回のLNG基地視察の背景にある。

日本企業はなぜアジアのLNGに関わるのか

今回のバタンガスLNGターミナルには、東京ガス(9531)が関与している。同社は、フィリピンで浮体式LNG受け入れ基地を所有・運営するFGEN LNG社の株式20%を取得した。

フィリピン側のファーストジェンは、フィリピン証券取引所に上場するエネルギー企業で、ティッカーはFGENだ。同社の天然ガス火力発電所に、バタンガスのLNG基地で気化されたガスが供給される。

日本企業にとって、アジアのLNGインフラに関わる意味は複数ある。国内では将来的にLNG需要が減る可能性がある一方、アジアでは電力需要が伸びている。日本企業が持つLNG調達、基地運営、ガス供給のノウハウを海外で活かす狙いがあると読める。

同時に、これはビジネスだけでなく政策とも重なる。日本がアジアのエネルギー供給網への関与を深めれば、地域の安定供給における存在感を高める可能性がある。中東リスクが意識される局面では、燃料の調達先や供給網を分散することも重要になる。

ただし、日本企業が関与するからといって、すべてが肯定されるわけではない。LNGインフラは長期間使われる設備であり、将来の脱炭素目標との整合性が問われる。投資として見る場合も、短期の需要だけでなく、政策変更や燃料価格、気候対策の強まりを考える必要がある。

AZECは何を目指しているのか

今回の視察を理解するうえで欠かせないのが、AZECだ。AZECは「Asia Zero Emission Community」の略で、日本語では「アジア・ゼロエミッション共同体」と呼ばれる。日本が主導し、アジア各国が経済成長を続けながら脱炭素化も進めることを目指す枠組みだ。

ポイントは、各国に同じ方法を押しつけるのではなく、国ごとの電力事情や経済状況に合わせて、複数の選択肢を組み合わせる点にある。LNG、水素、アンモニア、再生可能エネルギー、省エネなどを組み合わせ、段階的に排出削減を進めるという発想だ。

この考え方は、東南アジアのように電力需要が急増する地域では現実味がある。一方で、選択肢が多い分、どこまで本当に脱炭素につながるのかが見えにくくなる面もある。LNGを「つなぎ」と呼ぶなら、その先に何へつなぐのかが問われる。

AZECの評価も、ここで分かれる。現実的なエネルギー移行を進める枠組みと見ることもできるし、化石燃料への依存を長引かせる余地があると見ることもできる。

読者が見るべきポイントはどこか

今回のニュースで見るべきなのは、岸田氏がどこを訪問したかだけではない。むしろ、なぜその場所が選ばれたのかだ。

フィリピンでは電力需要が増え、国内ガス田の減退が見込まれている。中東情勢は、アジアの燃料調達リスクを改めて意識させている。日本企業は、国内需要だけでなく、アジアのエネルギーインフラにも事業機会を見いだしている。そして日本政府は、AZECを通じて、安定供給と脱炭素を同時に進める枠組みを広げようとしている。

これらを重ねて見ると、LNG基地の視察は一つの施設の話にとどまらない。アジアの成長を支える電力を、誰が、どの燃料で、どのようなリスクを背負いながら確保するのかという問題につながる。

LNGは脱炭素の答えではない。だが、電力需要が伸びる地域では、すぐに外せない現実的な選択肢でもある。大切なのは、LNGを正解か不正解かで見ることではなく、どの時間軸で、どの役割を担わせるのかを見極めることだ。

エネルギー政策は、理想だけでも現実だけでも動かない。今回のフィリピン視察は、その両方の間で日本がどの立ち位置を取ろうとしているのかを示している。

(本稿は各種公開情報をもとに作成した。一部数値は記事掲載時点の情報である)

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Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

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