2026年の春闘は、3月18日に「集中回答日」を迎える。大手企業の労働組合が賃上げを要求し、企業側が回答を出す、年に一度の山場だ。
今年の春闘でひときわ目を引くのが、外食業界の動きだ。「すかいらーく」や「すき家」を展開するゼンショーホールディングスが、物価上昇を大きく上回る水準での賃上げをすでに決め、集中回答日を待たずに早期決着している。
なぜ外食は先に動いたのか。そして「物価を超える賃上げ」は、家計にとって本当に意味があるのか。
春闘とは何か
まず「春闘」について確認しておこう。
春闘とは、毎年春に労働組合が企業側に賃上げや賞与などを求めて交渉する、日本独特の慣行だ。多くの大企業が同じ時期に交渉を進めるため、業界や規模を超えた「相場感」が生まれやすく、日本全体の賃金の方向感を映す重要イベントになっている。
2026年春闘では、労働組合の全国組織「連合」が要求平均を5.94%と掲げた。前年の6.09%をわずかに下回るが、依然として高い水準だ。特に外食や小売など流通・サービス系の労働者が多く加盟する「UAゼンセン」では、正社員の要求が6.46%、パートタイム労働者に至っては7.76%という、より強い要求水準を掲げている。
外食業界はなぜ先に動いたのか
外食業界が集中回答日を待たずに早期決着しているのには、理由がある。
すかいらーくホールディングスは、組合の要求どおりベースアップと定期昇給を合わせて平均5.35%の賃上げで妥結した。満額回答は4年連続で、会社側が追加で支給する特別業績一時金も含めると、総額ベースでは6.8%の処遇改善となる。
報道ベースでは、ゼンショーホールディングス(「すき家」などを展開)もベースアップと定期昇給を合わせた平均6.7%の賃上げで決着したとされる。
こうした動きの根本にあるのは、外食業界が抱える深刻な人手不足だ。
製造業であれば、機械や設備で人手を補うことも一定程度できる。しかし外食店舗は、営業時間中の調理・接客・清掃などをすべて現場の人が担う。採用が難しくなれば、店を開けられない、サービスが落ちる、既存スタッフの負担が増す——という悪循環に陥りやすい。
だからこそ、外食各社にとっての賃上げは単なる「家計支援」ではない。人材を引き留め、新たに採用するための経営戦略でもある。すかいらーくの人事担当者が「社員の定着につながる」と語っているのは、そういう文脈だ。
賃上げは「ベースアップ」と「定期昇給」の合計
ここで、賃上げの数字の読み方を確認しておこう。
よく報道で使われる「○%の賃上げ」は、ベースアップ(ベア)and 定期昇給を合算した数字であることが多い。
ベースアップとは、給与テーブル自体を引き上げること——つまり会社全体の賃金水準を底上げすることだ。定期昇給は、年齢や勤続年数に応じてあらかじめ決まっているペースで賃金が上がる仕組みを指す。
両者を合算して「5.35%」や「6.7%」という数字が出てくる。ベアが大きいほど全社員に恩恵が広がりやすく、定着率の向上や採用力の強化に直結しやすい。
「物価を上回る賃上げ」は本当か
記事には「物価上昇を上回る水準」という表現が出てくる。これは実際の数字と照らしても整合する。
2026年1月の全国消費者物価指数は、総合で前年比1.5%上昇、生鮮食品を除くコアCPIは2.0%上昇だった。これに対し、外食各社の賃上げ率は5〜7%台という水準だ。数字だけ見れば、足元の物価上昇を確かに大きく超えている。
ただし注意が必要なのは、名目の賃上げ率がそのまま「生活が楽になった」を意味するわけではない点だ。
ここで理解しておきたいのが実質賃金という考え方だ。実質賃金とは、名目の賃金から物価上昇分を差し引いた、生活実感に近い指標だ。給料が5%上がっても、物価が6%上がれば、実質的な購買力は下がる。
実際、2025年は大幅な賃上げが進んだにもかかわらず、物価上昇が先行したため、実質賃金がマイナスになる局面が続いた。2026年1月にようやく実質賃金が13カ月ぶりのプラスに転じたが、これは賃上げと同時に物価上昇率がやや落ち着いたことも寄与している。今後また物価が再加速すれば、賃上げの実感は目減りする可能性がある。
パートタイムの賃金引き上げも焦点
もう一つ見落とせないのが、パートタイムや短時間労働者への影響だ。
外食店舗の運営は、正社員だけで成り立っているわけではない。むしろアルバイトやパートが現場を支える主力であることが多い。UAゼンセンがパートタイムの賃上げ要求を7.76%と、正社員(6.46%)より高く設定しているのは、この層の処遇改善が特に急務であることを反映している。
ただし、今回の新聞・テレビ報道の中心はあくまで正社員の春闘回答だ。パートや時給労働者の処遇がどう変わるかは、今後の続報や各社の方針発表で確認する必要がある。
この春闘の結果が経済全体に与える影響
春闘の結果は、家計の問題に留まらない。
日本銀行は、賃金と物価の「好循環」が続くかどうかを金融政策の判断材料にしている。賃上げが広がり、実質賃金が改善されれば個人消費が底上げされる。それが企業収益を支え、さらなる賃上げの余力につながる——という流れが続けば、持続的な賃金と物価の好循環が定着するかが問われる。
一方で、今年は中東情勢の緊迫化による原油高が企業収益の下押し要因になりうる、という見方もある。原材料費や光熱費のコストが上昇すれば、中小企業を中心に賃上げの余裕が失われる可能性がある。
大手外食チェーンの「物価超え賃上げ」は、2026年春闘の明るいニュースだ。だがその先に待つのは、この流れが中小企業や非正規労働者にまで広がるかどうか——という、より難しい問いだ。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

