日本は変われるか——高市内閣2.0が描く未来図

2026年2月18日夜、首相官邸。高市総理は第2次内閣の発足を宣言し、矢継ぎ早に政策を打ち出した。食料品の消費税ゼロ、国家情報局の新設、積極財政への転換——。言葉は威勢がいい。でも、本当に動くのか。私たちの生活は変わるのか。会見の言葉を丁寧に読み解くと、この国が今どこに向かおうとしているかが、少しずつ見えてくる。

table of contents

【圧勝が生んだ推進力——120日で何が変わったのか】

■「薄氷」から「350票超」へ

高市政権が最初に発足したのは約120日前のことだ。あのとき首班指名選挙での得票は237票。衆院の過半数をわずか4票上回っただけで、総理自身が「薄氷を踏む思い」と表現した出発だった。

それが今回、総理が会見で述べたところでは「350票を上回る安定した基盤」での首班指名となった。直前の衆院選で自民党は単独で3分の2超の議席を獲得し、政権の土台は一変した。

この「3分の2」という数字には政治的な意味がある。通常、法案は衆院の過半数で可決できる。しかし衆院で可決しても参院が否決した場合、衆院で3分の2以上の賛成があれば再可決できる仕組みがある。つまり与党が衆院で3分の2を持つということは、理論上は参院の壁を乗り越えられるほどの推進力を持つ状態を意味する。

■「白紙委任状ではない」の意味

ただし総理は会見の冒頭で、こう釘を刺した。「私が大きな権力、白紙委任状を得たという方もいる。そのようなつもりは全くない」。

これは単なる謙遜ではない。圧倒的多数を持ちながらも独善的に動けば世論が離れる、という政治の現実を踏まえた言葉だ。実際、今国会では野党との協力なしには動かせない政策も多い。「謙虚に、しかし大胆に」という総理の言葉は、そのバランスの難しさを端的に表している。

日本維新の会との連立についても「信頼関係は揺るぎない」と繰り返し強調した。前の公明党との連立解消という痛手を乗り越えた経緯もあり、この連立維持が政権運営の安定に直結している。

【日本経済の「病名」と処方箋——なぜ30年、豊かになれなかったのか】

■診断は「投資不足」

会見で総理が語った経済政策の起点は、一つの診断だった。「我が国の潜在成長率が低い要因を分析すると、主要国に比べて圧倒的に足りないのは国内投資だ」。

バブル崩壊後の日本は長らく、企業も政府も「守りの経営・守りの財政」を続けてきた。リスクを取って投資するより、借金を減らし手元資金を積み上げる——その姿勢が30年続いた結果が、今の低成長だという見立てだ。

総理はこの流れを「行き過ぎた緊縮と未来への投資不足」と呼び、断ち切ると宣言した。

■「官民協調」という設計図

では具体的に何をするのか。政府が直接お金をばらまくのではなく、官民が協力して投資を促す——これが高市政権の基本設計だ。

「危機管理投資」とは、地震・洪水・感染症・サイバー攻撃といったリスクを最小化するための投資で、防災インフラや食料安全保障などが含まれる。「成長投資」は半導体・AI・宇宙・量子コンピュータといった先端技術の育成に資金を集中させる発想だ。

企業が長期にわたる研究開発や設備投資に踏み切るには「先の見通し」が必要になる。そこで政府は複数年度にわたる予算支援や長期基金の活用を可能にし、企業が安心して投資できる環境を整える、というロジックだ。

■「補正ありき」との決別

もう一つ、地味だが重要な改革がある。「毎年補正予算が組まれることを前提とした予算編成と決別する」という宣言だ。

これまでの日本の予算編成では、年度途中に「補正予算」を組んで支出を追加するのが半ば恒例になっていた。しかしこの慣行は「最初から必要な予算を計上せずに見かけ上の数字を小さく見せる」という批判もある。今後は必要な分を最初から当初予算に計上し、見通しを明確にする——令和9年度概算要求からの本格実施を目指すという。

【アクセルを踏みながら、崖を意識できるか——国の借金と「限界線」の話】

■国の借金は家計の借金と違う、でも無限ではない

「国の借金が1000兆円を超えた」というニュースを聞いたことがある人は多いだろう。ただ国の財政と家計の借金を単純に同一視することには無理がある。国は通貨を発行でき、借金の多くは国内の投資家(日本人)が保有しており、返済期限を延ばしながら運営できる仕組みが整っている。

とはいえ、際限なく借りられるわけでもない。金利が上がれば利払い費が膨らみ、他の政策に使えるお金が削られる。市場が「この国の財政は持続可能か」と疑い始めると、国債が売られ金利がさらに上がる悪循環も起きうる。

■「歯止め指標」三つを押さえる

会見で総理が繰り返し触れた財政健全化の指標が三つある。

一つ目は「プライマリーバランス(PB)」。国債の返済・利払いを除いた収支のことで、黒字なら「借金に頼らずに運営できている」状態を示す。今回の会見で総理は「28年ぶりの黒字達成」をアピールした。ただしPBの計算方法や前提によって見通しは割れており、今後も黒字を維持できるかについては専門家の間でも見方が分かれている。

二つ目は「新規国債発行額30兆円未満」。2年連続でこの水準に抑えたと説明された。

三つ目は「債務残高対GDP比の安定的引き下げ」。借金の絶対額ではなく、経済規模(GDP)との比率で見る指標で、経済が成長すれば借金の重さは相対的に軽くなる——というロジックに基づく。

積極財政を進めながらこれらの指標を維持できるかどうかが、この政権の財政運営が「責任ある」と言えるかどうかの試金石になる。

■金利が上がると、生活に何が起きるか

日銀が利上げを進めるという見方が市場で広がっている。金利が上がると何が起きるか。住宅ローンの変動金利が上昇し、毎月の返済額が増える可能性がある。企業の資金調達コストも上がり、設備投資を絞る動きも出やすい。

一方、政府の立場では、国債の利払い費が増えるため財政を圧迫する要因になる。積極財政(支出拡大)と金利上昇が重なると、その矛盾が表面化しやすい。総理は会見でこの点への直接的な言及を避け、「日銀との意思疎通を密にしながら、賃金上昇を伴った2%物価目標の持続的実現に向けた適切な金融政策を期待する」と定型的な表現にとどめた。政府として市場への言及を極力控えつつ、日銀との連携を強調するスタンスが会見を通じて一貫していた。

【情報戦、投資規制、重要鉱物——安全保障の最前線は「経済」だ】

■世界の文脈:なぜ今なのか

2022年のロシアによるウクライナ侵略は、世界の安全保障の常識を塗り替えた。武力衝突だけでなく、エネルギー・食料・半導体・重要鉱物のサプライチェーン(供給網)が「武器」になりうることが世界に示された。

米中対立も深まる中、日本は「経済安全保障」という言葉を軸に、新たな備えを急いでいる。今回の会見はその方向性をより具体化した内容だった。

■国家情報局——「知ることが防衛の第一歩」

今国会に提出される法案の一つが、国家情報局の設置だ。

現在、日本の情報収集・分析機能は内閣情報調査室を中心に各省庁に分散している。「縦割り」の弊害で情報が統合されにくく、危機への初動が遅れるリスクが指摘されてきた。国家情報局はこれを一元化し、省庁横断で情報を集約・分析する司令塔を作る構想だ。事件や有事の「後追い」ではなく、兆候を早期につかんで政策判断に活かすことを目的としている。

■日本版CFIUS——「お金の形をした安全保障リスク」

もう一つが「日本版CFIUS(対日外国投資委員会)」の設置だ。

CFIUSとはアメリカの対米外国投資委員会のことで、外国企業による米国企業への投資・買収を安全保障の観点から審査する機関だ。日本版はこの仕組みを参考に、外国からの投資が安全保障上の懸念をもたらさないか審査を強化する。

具体的には、半導体や人工知能などの先端技術企業、港湾・電力・通信といった重要インフラへの外国資本の参入などが審査対象になる。「投資の話なのに安全保障?」と思うかもしれないが、技術情報の流出やインフラの支配権が外国に渡るリスクを考えると、その接点は想像より近い。

■南鳥島の海底に眠る「宝」

日米首脳会談で重点的に議論したいテーマとして総理が挙げたのが、重要鉱物の経済安全保障協力だ。

電気自動車のバッテリーや半導体に欠かせないレアアース(希土類)などの重要鉱物は、現在その多くを中国に依存している。この供給リスクを下げるため、日本が注目するのが東京から南東に約1900キロ離れた南鳥島周辺の海底だ。この海域には大量のレアアースを含む泥が堆積していることが確認されており、日本の排他的経済水域(EEZ)内に位置する。ここを日米共同で開発する構想が、今回の会見で改めて前面に出た。

自給できるエネルギーも資源も限られた日本にとって、この海底資源は戦略的に大きな意味を持つ。ただ深海での採掘技術はまだ発展途上であり、実用化までの道のりは長い。

【2年間だけ、なぜ?——消費税ゼロの「本当の狙い」を読む】

■「つなぎ」と言い切った意味

「食料品の消費税をゼロにする」というニュースは分かりやすく、選挙期間中も大きな注目を集めた。しかし会見での総理の言葉をよく聞くと、やや違う輪郭が浮かび上がる。

「これはあくまで2年間のつなぎだ」——総理はそう明言した。本命は別にある。

■本命は「給付付き税額控除」

その本命が「給付付き税額控除」だ。耳慣れない言葉だが、発想は単純だ。消費税は収入が低い人ほど家計に占める負担の割合が大きくなりやすい。そこで、税金を払っている人には控除(税負担の軽減)を、税を十分に払えていない低所得者には現金給付を組み合わせて「全員に公平に恩恵を届ける」仕組みだ。所得支援と税額控除を組み合わせた制度は欧米各国にも例があり、日本への導入は長年議論されてきたテーマでもある。

ただしこの制度、設計が複雑だ。誰の所得をどう把握するか、給付の基準をどこに引くか、財源をどう確保するか——整理すべき課題は山積している。だから「まず2年間のゼロ税率で生活者の負担を和らげながら、その間に本命の制度設計を詰める」という段取りになっている。

■「夏前に中間取りまとめ」は本当に間に合うか

このスケジュールには、複数の条件が絡む。超党派の「国民会議」を立ち上げ、野党の協力を得て、夏前に中間取りまとめをする——総理はそう説明したが、法案提出の具体的な時期は「現時点では明言できない」と述べた。

財源の確保は特に難題だ。「特例公債には頼らない」と言い切ったが、では何で賄うのか。税収増への期待、歳出の削減、他の財源の組み替え——その中身は国民会議の議論に委ねられている。「いたずらに時間をかけるつもりはない」という総理の言葉が、そのまま実現するかどうかは、野党との協議次第という側面が大きい。

【「言った」と「できる」のあいだ——圧勝でも越えられない壁】

■改憲・皇室典範・定数削減の三つの「挑戦」

会見の最後、総理は力を込めてこう述べた。「憲法改正、皇室典範の改正、議員定数削減の実現。自民党として挑戦し続ける。決して諦めない」。

圧倒的な議席を持つ今、これらは実現できるのか——正直に言えば、いずれも短期での前進は見通しにくい。

憲法改正は衆参それぞれで3分の2以上の賛成が必要で、その後に国民投票まである。参院でも3分の2を確保しているわけではなく、国民投票は世論の動向に左右される。皇室典範改正は「女性天皇・女系天皇」など社会的・文化的に慎重な議論が必要で、各党の立場も微妙に異なる。議員定数削減は与党議員自身の利害が絡み、合意形成が難しい典型的なテーマだ。

「挑戦し続ける」という言葉は、裏返せば「すぐには実現できない」という現実の認識でもある。

■外国人政策——静かに動く論点

会見でやや地味ながら重要な発言があった。外国人政策についてだ。

高市内閣は初めて外国人政策担当大臣を置き、「受け入れと共生のための総合的対応策」を取りまとめた。「排外主義とは一線を画しつつ、法やルールを守りながら暮らす外国人との秩序ある共生を目指す」というのが基本方針だ。

少子化・人口減少が加速する中、外国人労働者や住民との共生は避けられないテーマになっている。「誰と、どんな条件で、どこまで共生するか」——その答えは、まだ社会全体として出ていない。

【変わるかもしれない日常、変わらないかもしれない構造】

スーパーのレジで食料品を買うとき、消費税がゼロになる日は来るのか。防衛や情報の世界で、日本の存在感は高まるのか。積極財政は30年の停滞を打ち破れるのか。

会見の言葉は多く、政策の方向性は明確だった。そして多くは「やる」と言った段階にあり、「やれた」と言えるのはこれからだ。

政治の評価は言葉ではなく結果でしかできない。日本の財政・安全保障・生活の構造を変えるには、一つの政権の一つの会見では到底足りない。しかし「変わる可能性がある」という空気が生まれているのも確かだ。

その可能性が現実になるかどうかを測る材料は、これから少しずつ出てくる。今回の会見はその「宣言」であり、本当の問いはここから始まる。

Please share it if you like!

Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

table of contents