イラン産原油の輸出は、ことし3月のおよそ1日185万バレルから、直近ではおよそ56万7000バレルまで落ち込んだと報じられている。ブルームバーグは、ベルギーの調査会社ケプラーの分析をもとに、イラン国内の原油貯蔵施設の空き容量があと12日から22日でいっぱいになる可能性があるとも伝えた。
戦闘終結に向けた米イラン交渉が続く可能性は、市場にとって安心材料になり得る。ただし、その裏側では、ホルムズ海峡、海上封鎖、核開発問題、原油供給が複雑に絡み合っている。日本にとっても遠い中東情勢ではなく、ガソリン価格や電気料金、物価全体に波及する可能性がある問題だ。
何が新しく動いたのか
ホワイトハウスのレビット報道官は27日、トランプ大統領と政権の国家安全保障担当者らが、イラン側から受けた新たな提案について議論したことを明らかにした。
報道によると、提案は戦闘の終結や停戦延長、ホルムズ海峡の開放、海上封鎖の解除を優先し、核開発に関する協議は後の段階に回す内容とされる。トランプ大統領は21日、イランからの提案が提出され、協議が結論に至るまで停戦を延長するとSNSに投稿していた。
つまり、交渉の扉は閉じられていない。一方で、米側がそのまま受け入れる状況でもない。
ウォール・ストリート・ジャーナルは、トランプ大統領がイラン側の提案を完全に拒否してはいないものの、ウラン濃縮の停止などにイランが応じる意思を疑問視していると報じた。ルビオ国務長官も、核開発問題こそがアメリカがこの問題に取り組む理由だと述べている。
この交渉の難しさは、戦闘を止めたいという点では接点がありながら、何を先に解決するかで一致していないことにある。
なぜ「停戦案」だけでは安心できないのか
イラン側が優先したいのは、戦闘の停止やホルムズ海峡の開放、海上封鎖の解除だとみられる。戦闘が止まり、船舶の通航が回復すれば、イラン経済への圧力は和らぐ。
一方、アメリカ側にとって中心にあるのは核開発問題だ。戦闘が止まっても、核開発をめぐる協議が先送りされれば、イランに時間を与えるだけになるという警戒がある。ルビオ国務長官が、イラン側は時間を稼ぐ方法を探している可能性があると指摘したのは、この見方を反映している。
ここで交渉は、単なる停戦協議ではなくなる。イランから見れば、まず封鎖と戦闘を止めることが急務だ。アメリカから見れば、核開発問題を後回しにした停戦は根本解決にならない。
同じ「戦闘終結」を語っていても、両国が見ている順番は違う。だからこそ、新提案が出ても、すぐに合意へ進むとは限らない。
ホルムズ海峡が焦点になるのはなぜか
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ海上交通の要所だ。サウジアラビア、UAE、カタール、クウェート、イラク、イランなどのエネルギー輸出に関わる重要なルートで、世界の原油やLNGの供給にも大きく関わる。
この海峡の通航が滞ると、影響は中東だけにとどまらない。原油価格やLNG価格が上がれば、発電コストやガス料金、航空燃料、物流費、プラスチック原料などに波及し得る。日本はエネルギー輸入への依存度が高いため、ホルムズ海峡の混乱は家計にも届く可能性がある。
今回、ホルムズ海峡の開放が交渉材料になっているのは、そのためだ。軍事上の緊張緩和であると同時に、世界のエネルギー供給を左右する条件でもある。
報道では、ホルムズ海峡を通る船舶が通常の1日125〜140隻程度から、直近では7隻程度まで減少したともされる。輸出用原油を積んだ船も確認されていないと伝えられており、通航の停滞は市場の不安材料として意識されやすい。
原油を売れないと、なぜ生産を減らすことになるのか
原油は、掘ればすぐに売れるわけではない。輸出できない場合、いったん貯蔵施設にためる必要がある。だが、貯蔵タンクが満杯になれば、それ以上くみ上げても置き場がない。結果として、生産を減らさざるを得なくなる。
ブルームバーグは、ケプラーの分析をもとに、イランの原油貯蔵施設の空き容量が不足しつつあり、あと12日から22日でいっぱいになる見通しだと報じた。
イランはすでに、1日あたり最大250万バレルの原油生産を減らしているとされる。さらに来月中旬までに、1日あたり150万バレルの追加削減を迫られる可能性もあるという。
これはイラン経済への強い圧力になる。一方で、世界市場から見れば供給減少のリスクでもある。イラン産原油の輸出が減れば、すぐに世界の供給全体が止まるわけではないが、緊張が長引くほど価格上昇への警戒は強まりやすい。
アメリカのベッセント財務長官はSNSで、封鎖によってイランの石油産業が生産を停止し始めていると強調した。米側は圧力の効果として示しているが、消費国にとってはエネルギー価格の上振れリスクでもある。
イランはなぜロシアや中国側にも近づくのか
イランはアメリカとの協議を続ける一方で、ロシアや中国が関わる枠組みも外交カードとして使っている。
アラグチ外相は27日、ロシアを訪れてプーチン大統領と会談した。イラン外務省によると、アラグチ外相はロシア側に対し、アメリカが理不尽な要求を押しつけたり、頻繁に立場を変えたりすることが進展を遅らせていると説明したという。
また、イランの国営メディアは28日、イランの国防次官が上海協力機構の国防相会合に出席するためキルギスを訪れ、加盟国と防衛兵器能力を共有する用意があると述べたと伝えた。上海協力機構は、中国とロシアが主導する国際的な枠組みで、イランは2023年に正式加盟している。
こうした動きには、アメリカに対して「イランは孤立していない」と示す狙いがあるとみられる。米国との交渉を進めながら、ロシアや中国との関係も見せることで、交渉上のカードを増やそうとする構図が見える。
レバノン情勢が交渉をさらに複雑にする
米イラン交渉は、二国間だけで完結する問題ではない。レバノンでは、イスラエル軍がイランの支援を受けるイスラム教シーア派組織ヒズボラの拠点を空爆したと発表している。
イスラエルとレバノン政府の間では、アメリカの仲介で停戦合意が発効している。しかし、イスラエルは差し迫った脅威を排除するためだとしてヒズボラへの攻撃を続け、ヒズボラ側も停戦合意には実質的な意味がないと表明している。
この緊張が続けば、米イラン交渉にも影響する可能性がある。仮にホルムズ海峡をめぐる合意が進んでも、レバノンやイスラエルを含む周辺地域の不安定さが残れば、中東全体のリスクは簡単には下がらない。
市場が気にしているのは、交渉の有無だけではない。交渉が進んでも、別の場所で緊張が高まれば、供給不安は再び意識される。
日本にとって何を見ればよいのか
日本の読者にとって、このニュースは「中東でまた緊張が高まっている」というだけでは終わらない。見るべき点は、エネルギー価格と物価への波及だ。
まず、ホルムズ海峡の通航が回復するかどうか。ここが改善すれば、原油やLNGの供給不安は和らぎやすい。逆に、通航リスクが残れば、価格上昇への警戒は続く。
次に、核開発問題をめぐる米イランの溝が埋まるかどうか。戦闘停止だけで合意しても、核問題が先送りされれば、次の緊張の火種が残る。
そして、イランの原油輸出と生産がどこまで減るかだ。輸出量の落ち込みや貯蔵施設の逼迫は、イラン経済への圧力であると同時に、国際市場の供給不安にもつながる。
ガソリン価格や電気料金は、今日のニュースだけで急に決まるものではない。しかし、こうした地政学リスクが重なると、エネルギー価格の下がりにくさとして家計に現れることがある。
交渉継続は安心材料だが、安心そのものではない
イラン側から新提案が出され、トランプ政権が協議を続けていることは、戦闘終結に向けた余地が残っていることを示す。これは市場にとって一定の安心材料になる。
ただし、安心材料と安心そのものは違う。核開発問題、ホルムズ海峡、海上封鎖、原油輸出、レバノン情勢のいずれも、まだ解決したわけではない。
今回の交渉で問われているのは、戦闘を止めるかどうかだけではない。原油やLNGの流れをどう安定させ、その価格変動を各国の企業や家計がどう受け止めるかという問題でもある。
中東情勢は遠く見えるが、エネルギー価格を通じて日本の生活にもつながっている。だからこそ、交渉が続くという一報だけで判断せず、ホルムズ海峡と原油供給の動きを合わせて見る必要がある。
(本稿は各種公開情報をもとに作成した。一部数値は記事掲載時点の情報である)

