ドナルド・トランプ米大統領は2026年4月6日の記者会見で、イランが米国の条件を受け入れなければ「イランのすべての橋」と「すべての発電所」を破壊できると述べた。Reuters が配信した会見映像では、トランプ氏は「明日の夜までにすべての橋を壊し、すべての発電所を使えなくできる」と語っている。さらに AP 通信によると、4月19日にも同趣旨の脅しを再び表明した。
この発言は挑発的なレトリックとして片づけることもできるが、主要な電力インフラと橋梁を反復的に攻撃する構想として読み替えると、イラン国内の民生、ホルムズ海峡を通るエネルギー物流、国際法秩序に深刻な影響を及ぼし得る。本稿では、確認できる事実と、その先にあり得るシナリオ分析を分けて整理する。
文字通りの「全て」は現実的ではない
まず押さえたいのは、「イランの全発電所と全橋を一晩で破壊する」という言い方を、そのまま軍事計画として受け取るのは無理があるという点だ。橋梁総数の正確な全数把握には幅があり、草稿段階で使われていた古い橋梁数をそのまま主結論に使うのは危うい。だが、総数がどうであれ、全国の全橋を文字通り一斉に無力化するのは現実的ではない。
一方で、主要電源、変電・送電ノード、首都圏や港湾に通じる幹線橋梁を重点的に狙うシナリオは別だ。米側が公表してきた戦果や長距離打撃能力を前提にすれば、重要インフラの一部を機能停止に追い込む能力自体は否定できない。ただし、その効果を維持するには初期攻撃だけでなく、再通電や応急復旧を妨げる継続打撃が必要になる。
電力網への打撃は社会機能を連鎖的に止める
米エネルギー情報局(EIA)の国別分析によれば、イランの発電は2022年時点で93%を化石燃料に依存し、稼働中の原子力発電所はブシェールの1基、非水力の再生可能エネルギーは2023年時点で1GW未満にとどまる。つまり、電力システムの中核は依然として火力と送電網にある。
このため、主要発電所だけでなく、変電所や送電の要衝が攻撃されれば、被害は単なる停電にとどまらない。病院、上下水道、通信、冷蔵物流、決済、燃料供給が同時に傷み、都市機能が一段ずつ止まっていく。特に大都市圏では、送配電の障害が医療と水供給に直結しやすい。
世界保健機関(WHO)は4月7日時点で、イランで2,362人が死亡、32,314人が負傷し、48の病院と218の医療施設が損傷、8病院が避難したと報告している。すでに医療体制が傷んでいる局面で電力網への本格攻撃が重なれば、直接爆撃の被害よりも、透析停止や医薬品の冷蔵断絶、救急搬送の遅れといった二次被害が重くなる公算が大きい。
橋梁攻撃の本当の意味は「物流遮断」にある
橋梁でも重要なのは数ではなく機能だ。地方の小橋をいくつ壊したかより、首都圏の幹線橋、港湾アクセス橋、鉄道橋、河川横断の代替しにくい橋を止める方が、軍事・経済の効果は大きい。電力インフラ攻撃と橋梁攻撃が重なると、停電に加えて物資が届かなくなる。
医薬品、透析資材、燃料、浄水薬品、粉ミルク、冷蔵食品は、道路と電力の両方がそろって初めて安定供給できる。橋梁の遮断は、戦場から遠い地域の民間人にも遅れて効いてくる。ここで問題になるのは、破壊そのものよりも、社会を維持する最低限の流れが切れることだ。
最大の世界的波及はホルムズ海峡に集まる
イラン国内の被害がどれほど大きくても、世界経済への衝撃を決定づけるのはホルムズ海峡の混乱だ。国際エネルギー機関(IEA)は、ホルムズ海峡が世界の石油輸送とLNG供給の要衝であり、通航障害がエネルギー価格の変動を増幅しやすいと整理している。
イランが直接の軍事対称性で劣勢になればなるほど、報復は海上交通、機雷、ミサイル、ドローン、サイバー攻撃といった非対称手段に傾く可能性が高い。CSIS は、イランが2025年の「12日戦争」で約550発の弾道ミサイルと1,000機超の一方向攻撃型ドローンを発射したと分析している。全面的なインフラ攻撃が現実化すれば、ホルムズ封鎖リスクや湾岸諸国のエネルギー・淡水化施設への報復懸念が再び価格に織り込まれやすい。
日本のようなエネルギー輸入国にとっては、原油とLNGの価格上昇だけが問題ではない。海上保険料、運賃、石油化学製品、化学肥料、広義の輸入物価が連鎖し、企業収益と家計の双方を圧迫する。記事の論点はイラン国内の損害に見えて、実際にはアジアのインフレと企業コストにもつながっている。
国際法上は「条件付きで極めて危うい」
法的評価では、単に「違法」と言い切るより、争点を分けた方が正確だ。AP 通信は、複数の軍事法専門家が、民生インフラへの大規模攻撃は戦争犯罪に当たり得ると指摘したと伝えている。他方で、電力施設や橋梁が軍事利用されている場合、個別には軍事目標とみなされる余地もある。
それでも、攻撃対象の選定、比例性、民間人被害の最小化という条件を満たさなければ、評価は一気に厳しくなる。とくに電力網は病院、水道、衛生、食料保管と結びついており、民生被害が広範囲に波及しやすい。国連人権機関がウクライナの電力インフラ攻撃について示してきた見解を踏まえても、民生インフラを広く機能停止に追い込む作戦は、国際人道法上の重大な懸念を招く。
投資家と一般読者が見るべきポイント
この問題を「本当に全て破壊できるか」という一点で見ると論点を外しやすい。実際に注視すべきなのは、どの施設が狙われるか、攻撃が単発で終わるのか、ホルムズ海峡の航行にどこまで支障が出るか、そして湾岸諸国の重要インフラに報復が及ぶかだ。
市場の反応も同じで、単純な原油高だけでは測れない。エネルギー、防衛、海運、保険、化学、公益といった業種別の反応が分かれ、全体としてはリスク回避が強まりやすい。一般生活の面でも、電気代、ガス代、食料や日用品の価格に波及しやすく、日本から見ても遠い話ではない。
Summary
トランプ氏の「イランの全発電所と橋を破壊する」という発言は、文字通りの意味では軍事計画として粗い。しかし、主要電力設備と重要橋梁を反復的にたたく構想として読み替えると、人道面、物流、エネルギー市場、国際法のどこを取っても代償は極めて大きい。
重要なのは、直接破壊される施設の数そのものではない。停電が医療と水に波及し、橋梁攻撃が物流を止め、報復がホルムズ海峡や湾岸インフラに広がるなら、損害はイラン国内にとどまらず、世界経済と同盟政治にまで連鎖する。発言の過激さだけでなく、その先にある連鎖の広がりを見ておく必要がある。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

