イラン情勢の緊迫が続くなか、経済産業省は2026年4月2日、産業用ガス「ヘリウム」について、現時点では安定供給に支障は出ていないとの見方を示した。経産省の説明では、日本はヘリウムを全量輸入に頼っており、2025年の輸入先は米国が59.8%、カタールが37.3%を占める。米国からの代替調達と国内在庫の活用で当面の需要を賄えるというのが政府の立場だ。
ただ、その説明を丁寧に読み解くと、安心できるのはあくまで短期の話だと分かる。ヘリウムは普段あまり意識されないが、止まれば医療と先端産業の両方に影響しうる。今回の局面は、日本の産業がどんな「見えにくい資源」に依存しているかを改めて浮かび上がらせている。
ヘリウムはなぜ重要なのか
ヘリウムというと風船用ガスの印象が強いが、産業用途ではまったく別の意味を持つ。医療現場では、MRI(磁気共鳴画像診断装置)の超電導磁石を極低温で保つために液体ヘリウムが使われる。半導体の製造工程でも、精密な冷却やリークテストなどで利用される。とくにMRIの冷却や一部の半導体工程では代替しにくい用途が多く、供給が止まると影響が表面化しやすい。
日本では国内生産がほぼなく、調達は海外依存だ。輸入先の大半が米国とカタールに集中しているため、一見すると調達先は複数あるようでも、実際には供給網の選択肢はそれほど広くない。
ホルムズ海峡の混乱がヘリウムにも波及する理由
今回の供給不安の背景には、2026年3月以降の中東情勢悪化でホルムズ海峡が事実上封鎖状態となったことがある。カタール産ヘリウムは、液化天然ガス(LNG)の生産・精製設備と一体化した形で回収・出荷される。このため、LNGの生産や海上物流が滞れば、ヘリウムも連動して影響を受けやすい。
米地質調査所(USGS)の統計では、カタールは世界のヘリウム供給のおよそ3分の1を占める主要供給国だ。原油やLNGほど一般には意識されにくいが、ヘリウムもまた中東リスクの影響を強く受ける資源といえる。
「当面は支障なし」を支えるのは何か
経産省が示した根拠は主に二つある。ひとつは、カタール分の代替として米国から追加調達できる見通しが立ったこと。もうひとつは、国内供給メーカーが保有する在庫を活用することで、少なくとも2026年5月上旬ごろまでは対応できるとみていることだ。
もっとも、ここでいう安定は恒常的な安定ではない。代替調達分は実際に日本へ届くまで輸送時間を要するうえ、世界全体で需給が引き締まれば調達コストも上がりやすい。ユーザー側で使用済みヘリウムの回収や再利用を進める動きもあるが、それは供給不安を和らげる補助手段であって、供給源の問題そのものを解消するわけではない。
韓国と台湾が持ちこたえても安心とは言い切れない
東アジアの半導体サプライチェーンも無視できない。ロイターによれば、韓国のサムスン電子(005930.KS)とSKハイニックス(000660.KS)は、少なくとも6月ごろまで在庫でしのげる見通しだ。台湾でも当局は、米国からの輸入によってヘリウム供給は安定しているとの認識を示している。
足元で直ちに東アジア全体の供給網が崩れる局面ではない。ただ、日本の半導体産業は素材、装置、部品の面で韓国や台湾と深く結びついている。中東情勢が長引き、東アジアの主要メーカーや関連企業で調達コスト上昇や供給余力の低下が進めば、日本企業の製品供給や調達環境にも波及する可能性はある。問題は国内在庫の有無だけではなく、広域の実装網がどこまで耐えられるかにある。
これは目立たない中間材の経済安全保障リスクでもある
原油やLNGは情勢が揺れればすぐ注目される。一方で、ヘリウムのような中間材は、供給不安が表面化するまで重要性が見えにくい。それでも実際には、医療機器と半導体という基幹分野の両方にまたがって使われる。
日本では、経済安全保障推進法のもとで半導体や天然ガスなどの安定供給確保が議論されてきた。今回の件は、そうした制度の外縁にある重要中間材をどう位置づけるかという論点も浮かび上がらせた。ヘリウムは目立ちにくいが、止まったときの影響は小さくない。
政府の説明から読み取れるのは、「すぐに不足するわけではない」という事実までだ。その先の数か月をどう乗り切るか、そして同じ構図の資源依存にどう備えるかは別の問題である。今回の供給不安は、短期の調達対応だけでなく、中長期の供給管理の設計を考える材料になる。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

