2026年3月、世界の主要な中央銀行がほぼ同時に金融政策を決める会合を開いている。その週、中東ではイランをめぐる緊張が一気に高まり、原油価格は急騰していた。利上げか、利下げか、それとも現状維持か。各国の中央銀行は、平時とは異なる難しい判断を迫られている。
「中央銀行スーパーウイーク」とは何か
金融政策を決める会合の時期は中央銀行ごとに異なるが、今年(2026年)の3月中旬は異例だった。アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)、日本銀行、ECB(ヨーロッパ中央銀行)が、わずか数日の間に相次いで会合を開いている。さらにイギリス、カナダ、スイス、ブラジル、インドネシアなどの中央銀行も同週に政策判断を行っている。
市場関係者がこの週を「中央銀行のスーパーウイーク」と呼ぶほど、世界の金融政策が一斉に注目される局面は珍しい。
そしてこのタイミングで、重大な地政学的リスクが加わった。ホルムズ海峡の事実上の封鎖だ。
ホルムズ海峡が「詰まる」と何が起きるのか
ホルムズ海峡はペルシャ湾の出口にあたる海上ルートで、世界の原油輸送量のおよそ2割がここを通る。サウジアラビア、イラク、クウェート、イランなど中東産油国が原油を輸出する際の生命線だ。
イラン情勢の緊迫化によってこの海峡が事実上封鎖された状態となり、原油の安定供給に不安が広がった。結果として原油価格は急騰。国際的な指標であるブレント原油は一時1バレル109ドル台をつけ、終値でも107ドル台で推移した(Reuters報道)。
ガソリン代や電気代など、エネルギーコストは家計や企業に直撃する。日本のように原油のほぼすべてを輸入に頼る国では、この影響は特に大きい。
FRBが直面する「二つの火」
アメリカのFRBは3月17〜18日の会合(FOMC)で、政策金利を3.5%〜3.75%のレンジで据え置くことを賛成11・反対1で決定した。2会合連続の据え置きだ。反対票を投じた1人は0.25ポイントの利下げを主張していた。
パウエル議長は会合後の記者会見で、利下げを再開するにはインフレ鈍化の進展を確認する必要があると強調した。なかでも関税によって押し上げられてきた財のインフレが減速するかどうかが重要だとし、「その進展が見られなければ、利下げはないだろう」と明言した。
FRBが同時に公表した経済予測では、2026年のインフレ率見通しを前回(12月時点)の2.4%から2.7%に引き上げた。変動の大きい食品とエネルギーを除くコアインフレも2.7%に上方修正。一方、26年の成長率見通しは2.4%と小幅な上方修正、失業率見通しは4.4%で据え置かれた。パウエル議長の発言中、S&P500種株価指数は下げ幅を拡大し、米国債利回りとドルは上昇。円は対ドルで1ドル=159円台後半まで下落した。
その判断の背景には、相反する二つの懸念がある。
一つはインフレの再燃だ。2月28日に米国とイスラエルがイランを攻撃して以来、原油価格が急騰している。この影響がガソリン代や輸送コストを通じてさまざまな物価に波及するリスクは大きい。ただしパウエル議長は、エネルギー価格の上昇によるインフレへの影響は通常一時的であり、FRBは利上げで対応しないのが一般的だと説明した。前提となるのは「インフレが長期的にFRBの目標(2%前後)に収束するとの期待が維持されること」だという。
もう一つは雇用の減速だ。2月の雇用統計は弱い内容となり、労働市場の安定性に新たな疑問が生じた。今回の声明では前回あった「失業率は安定化の兆しをいくらか示している」との文言を削除し、「ここ数カ月、ほぼ変わらずで推移している」との表現に改めた。
なお今回の会合では、次の政策変更が利上げとなる可能性についても議論があったと、パウエル議長が自ら明らかにした。ただし「大多数の参加者はそれを基本シナリオとはみていない」とも述べており、現時点で利上げが迫っているわけではない。
トランプ大統領の圧力
この難しい局面に、政治的な圧力も加わっている。トランプ大統領は3月16日の記者会見で、FRBのパウエル議長を「Mr. Too Late(遅すぎる男)」と呼び、「直ちに利下げすべきだ。小学3年生にだって分かることだ」と強い言葉で批判した。
景気が減速すれば11月の中間選挙にも影響しかねない。トランプ政権が早期の利下げを求める動機は、政治的にも経済的にも大きい。
しかしFRBはその圧力に屈しなかった。インフレ進展の確認なしには利下げしないというパウエル議長の姿勢は、中東情勢の経済への影響は「不確実」だとして現状維持を選んだ判断と一体のものだ。
「原油高なら利上げ」は単純すぎる——中央銀行が本当に悩んでいること
「原油が上がればインフレになるから利上げ」——こう聞こえるかもしれないが、今回の状況はそれほど単純ではない。
中央銀行が金利を動かすことで直接コントロールできるのは、需要の水準や人々の「インフレ期待」(将来の物価上昇への予測)だ。戦争や供給途絶が原因で起きる原油高は、金利を上げても下げても「根本原因」を解決できない。
むしろ中央銀行が注視するのは、原油高が一時的な現象にとどまるのか、賃金や他のサービス価格にも波及して「持続的なインフレ」として定着するかどうかだ。記者会見での発言で「基調インフレ」や「期待インフレ」という言葉に注目すると、中央銀行の本音が見えてくる。
海外主要メディア(Reuters、FT、WSJなど)の報道を整理すると、現在の主流は「エネルギー高で利下げは遠のいたが、だからといって即利上げではなく、まず様子見」という見立てだ。一方で、「スタグフレーション(物価は上がるが経済は停滞する)」への懸念も徐々に強まっている。
日本銀行も「様子見」
日本銀行は3月18〜19日の日程で会合を開いており、金融政策を維持する方向とみられている。植田総裁は同日午後に記者会見を予定している。
日本は原油をほぼすべて輸入に頼っており、原油・石油製品の価格上昇は物価を直接押し上げる。一方で、原油高が長引けば企業の生産コストや家計の可処分所得を圧迫し、景気を冷やす効果も出てくる。日銀内でも、こうした「物価押し上げ」と「景気冷却」の両面への懸念が共存しているという。
ECBや英中銀も同じ板挟み
ヨーロッパでも状況は似ている。ECBも3月18〜19日の日程で会合を開いており、ラガルド総裁は19日夜に記者会見する予定だ。エネルギー高によるインフレ再燃の懸念と、景気鈍化への不安が同時に高まっており、追加利下げに踏み切りにくい環境が続いている。
イギリスでも、原油高がインフレ見通しを押し上げているため、英中銀(イングランド銀行)の利下げ期待は後退したとFTなどが伝えている。カナダやスイスなど他の中央銀行も、中東情勢を「先行きの不確実性を高める要因」として警戒している。各国共通のテーマは、「供給ショック起点の物価上昇に対して、金融政策をどこまで動かすべきか」だ。
「次の一手」はいつか——今後の注目点
FRBが据え置きを決め、日銀・ECBの結果も本日中に出そろう見込みのなか、市場の焦点はすでに「次の一手」に移り始めている。
FOMCが公表した最新の金利予測では、2026年と2027年にそれぞれ0.25ポイントの利下げを1回ずつ実施するとの見方が維持された。今年の利上げを支持する当局者はいなかった。当初の期待より利下げペースは遅れる見込みだ。
パウエル議長の去就にも注目が集まる。議長としての任期は5月に満了するが、後任が承認されない場合は自身が臨時議長を務める考えを示した。また、FRB本部改修工事をめぐる司法省の調査が終結するまで、理事(任期は2028年1月まで)として辞任しない意向も明言した。FRBトップの交代と政策の継続性は、市場にとって引き続き重要な変数となる。
イラン情勢の行方、原油価格の推移、そして各国の雇用・物価データ——これらが今後の金融政策を左右する。家計を直撃するエネルギー価格と金利の動向は、引き続き注視が必要だ。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

