
2026年2月、日本の経済産業省の担当者が、南アフリカのケープタウンへ飛んだ。
目的地は「マイニング・インダバ」。世界最大級の鉱業会議だ。そこで日本側は、アフリカ各国の政府関係者と次々と会談を重ねた。ナミビア共和国の鉱山・エネルギー副大臣との会合もその一つだった。
議題の中心にあったのは、レアアースだ。
レアアースとは何か——「希少」ではなく「取り出しにくい」元素
レアアース(希土類)という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。「レア=希少」という字面から、地球上にほとんど存在しない元素だと思われがちだが、実はそうでもない。
レアアースとは、化学的に似た性質を持つ17種類の元素の総称だ。地球上に存在する量そのものは必ずしも少なくない。問題は、「採掘できる濃度でまとまって存在している鉱床が少ない」こと、そして「17種類をそれぞれに分離する技術が難しい」ことにある。
この17種類は用途もそれぞれ違う。蛍光灯・ディスプレイの発光に使われるものもあれば、電気自動車(EV)のモーターに欠かせないものもある。「レアアース」とひとまとめに語られるが、実際には「どの元素が足りないか」によって、影響を受ける産業がまったく変わってくる。
EVの心臓部を支える磁石と、その原料
現代のEVやハイブリッド車が動く仕組みの核心には、ネオジム磁石がある。
これは、ネオジムというレアアースを主原料とする非常に強力な永久磁石だ。この磁石があるからこそ、コンパクトで強力な駆動モーターが実現できる。EV時代に入って、その需要はさらに膨らんでいる。
ところが、ネオジム磁石には弱点がある。熱に弱いのだ。高温になると磁力が落ちる。車のモーターは走行中に発熱するため、これは深刻な問題だ。
この弱点を補うために加えられるのが、ジスプロシウムという別のレアアースだ。これを一定量混ぜると、高温環境でも磁力が安定する。車載用のネオジム磁石に、ジスプロシウムは事実上「必須の添加物」として使われてきた。
ジスプロシウムは、レアアースの中でも特に「重希土(じゅうきど)」と呼ばれるグループに属する。重希土は採掘できる鉱床がさらに限られており、価格も変動しやすい。そして、その供給を握っているのが中国だ。
“中国一強”の本当の意味——鉱山ではなく「精製」で握られている
**USGS(米国地質調査所)**の2024年推計によれば、レアアースの埋蔵量は世界全体で9,000万トンを超えると見られている。中国は4,400万トンで最大だが、ブラジルの2,100万トン、オーストラリアの570万トンと続く。レアアースは別に中国にしか存在しないわけではない。
では、なぜ「中国一強」なのか。
鍵は、採掘の次の工程にある。
鉱石を掘り出しただけでは、レアアースは使えない。鉱石から不純物を取り除き、17種類の元素をそれぞれに分離して「使える形」にする工程——これが精製・分離だ。この工程は技術・設備・大量の化学薬品を要し、環境負荷も大きい。
中国は、この精製・分離の工程で世界の約90%を担っているとされる。つまり、世界中のレアアース鉱石の大部分は、中国の精製工場を通らなければ最終製品に到達できない構造になっている。鉱山を別の国に作っても、精製を中国に頼るのであれば、結局は依存から抜け出せない。
日本の2024年の実態を見ると、レアアース関連の特定品目(輸入額)に占める中国の比率は71.9%(JOGMEC発表として報道)に上る。
中国の「輸出管理」という切り札
こうした構造の下では、中国がレアアースの輸出を制限すれば、日本を含む各国の先端産業は打撃を受ける。
実際に、中国はその動きを強めている。2025年4月には複数の中・重希土類を輸出管理の対象に追加した(報道による)。直近でも、対日文脈でレアアースを含む輸出規制・管理を強化する動きが伝えられている。
レアアースはその意味で、いわゆる「外交の切り札」になりうる素材だ。軍事力ではなく、産業に必要な物資を「止める・止めない」の選択肢が、外交上の圧力になる。日本が「経済安全保障」という考え方を重視するようになった背景の一つが、まさにこの問題にある。
日本の「三つの出口」
では、日本はどう動いているか。現在進行中の取り組みは、大きく三つの方向性に整理できる。
出口① 供給源の多角化——アフリカへ
冒頭で触れた南アフリカでの会議参加は、この方向性の象徴だ。
日本政府は、JOGMECという国の機関を通じて、海外での資源開発を金融面から支援する体制を整えている。ケープタウンでの会談では、アフリカ諸国との鉱業協力推進を目的に、こうした支援の用意があることを発信した。
具体的なプロジェクトとして注目されるのが、ナミビアのLofdalプロジェクトだ。JOGMECは2020年1月から、カナダ企業Namibia Critical Metalsが手がけるこのプロジェクトに参画し、重希土類の探査を続けている。ナミビアがレアアース産業のハブになれるか、という構想も検討されているという。
ただし、鉱山が見つかれば即座に供給が始まるほど単純ではない。精製工程をどこで行うか、鉱石をどう運ぶか(インフラが整っていない地域も多い)、採算が取れるのか——こうした課題が残る。特に「精製の非中国化」は、欧州でも仏Caremagのような計画が動いているが、実現には時間を要するとみられている。
出口② 代替技術——「使わない」磁石の開発
中国からのレアアース調達リスクに備えるもう一つの方法は、そもそも使わない技術を開発することだ。
2016年7月、大同特殊鋼とホンダが共同で、重希土を含まない高耐熱ネオジム磁石をハイブリッド車の駆動モーターに適用したと公表した。
ジスプロシウムなしで、高温環境でも高い性能を維持できる磁石を作る——これは技術的に相当の難題だったが、実用化のめどが立ちつつある。こうした「重希土フリー」の技術が広がれば、サプライチェーンの弱点を根本から小さくできる。
リサイクルも、もう一つの選択肢だ。使用済みのEVや家電からレアアースを回収・再利用する技術の開発が進んでいる。新たな鉱山を開発するより速く資源を確保できる可能性がある一方、回収・分離の技術と採算の確保がハードルとして残る。
出口③ 国内資源——深海の泥
三つ目の方向性として、国内に目を向ける動きがある。
日本の南鳥島(東京都小笠原村)周辺の深海底には、レアアースを高濃度に含む泥が堆積しているとされている。**2026年1月末から2月初めにかけて、JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」が水深約6000メートルからレアアース泥の試験回収(接続試験)を実施し、揚泥に成功した。**回収した泥の量や品位、運搬・分離精製まで含めた実現性の検証が次の焦点になっている。
残る問い——コストは誰が負担するか
三つの出口はいずれも、「完全な解決策」ではなく、現時点では「取り組み中」の段階だ。
そして共通して立ちはだかる壁が、コストだ。中国産のレアアースは、規模の経済と整った供給網によって価格競争力が高い。新たな供給源や代替技術には、相応のコストがかかる。そのコストを企業が負担するのか、消費者がEVや家電の価格上昇として受け入れるのか、あるいは政府が補助金などで支援するのか——このコスト配分の問題は、まだ答えが出ていない。
スマホとEVの裏側で
私たちが毎日使うスマートフォン、これから普及が本格化するEV、そして防衛装備まで——現代の先端産業の多くは、数種類のレアアースなしには成立しない。
その元素の流通の大部分を、今も中国が握っている。日本は三つの方向で依存度を下げようとしているが、どれか一つが「完全な解答」になることはなく、多角化・代替・リサイクルを組み合わせながら進んでいくことになる。
経産省の担当者がケープタウンに飛んだのは、その長い取り組みの一コマだ。
(南鳥島の試験採掘、ナミビアプロジェクトの精製・物流確立、代替磁石技術の普及など、今後の進展は引き続き追っていく必要がある)

