イラン情勢はなぜ日本の農業に響くのか──JA全中が警戒する燃料高と肥料不足の二重苦

農業団体のトップが「生産量の低下につながるおそれがある」とまで言及した。JA全中=全国農業協同組合中央会の神農佳人会長は、イラン情勢がさらに悪化・長期化した場合、燃料や農業資材のコスト上昇と供給不足が日本の農業生産を下押しする可能性があると懸念を示した。中東情勢のニュースというと原油価格に目が向きがちだが、今回はそこから一歩進んで、日本の食料供給が海外のエネルギー・資材調達と切り離せないことが改めて意識され始めている。

table of contents

何が起きたのか

神農会長は4月9日の定例会見で、イラン情勢の悪化が続けば、農機具を動かす燃料や各種の農業資材のコスト増大、さらには供給不足が起こりうると述べた。そのうえで、こうした負担増が最終的に農畜産物の生産量低下につながるおそれがあると警戒感を示した。

JA全中によると、全国およそ490の農協を対象にアンケート調査も始めているという。燃料不足や資材不足が起きていないか、どの地域でどの程度の影響が出ているのかを点検し、今月中に結果を取りまとめる方針だ。現時点では全面的な供給危機が発生したというより、危機が表面化する前に弱い部分を洗い出そうとしている段階といえる。

なぜ原油高だけでは済まないのか

農業は、作物を育てる産業であると同時に、燃料と資材に強く依存する産業でもある。トラクターやコンバインを動かす軽油、ハウス栽培の加温に使う燃料、肥料、農薬、飼料、包装資材、輸送費まで、ほぼすべてがエネルギー価格とつながっている。

そのため、中東情勢の悪化で原油価格が上がると、まず燃料費が上がる。だが影響はそこで止まらない。物流費や電力コストが押し上げられ、さらに化学肥料や各種農業資材の価格にも波及しやすい。JA全中が懸念しているのは、単なる「ガソリン高」ではなく、農業のコスト構造そのものが広く圧迫されることだ。

肥料はどこまで影響を受けうるのか

ここで見落としにくいのが肥料だ。特に窒素肥料の代表である尿素は、製造に天然ガスを多く使う。中東情勢が緊迫すると、原油だけでなく天然ガスや化学品、海上物流のコストも揺れやすくなるため、世界の肥料市場全体が不安定になりやすい。

ただし、日本向けの肥料調達をそのままホルムズ海峡と直結させるのは正確ではない。農林水産省の3月3日の会見では、肥料原料の主な輸入先は、尿素がマレーシア約74%、りん酸アンモニウムが中国約72%、塩化カリウムがカナダ約78%と説明されている。そのうえで、現時点では肥料や飼料について「直ちに影響が出るとの報告は受けていない」ともしている。

言い換えれば、日本農業の弱さは「中東から直接肥料を買っているから危ない」という単純な話ではない。肥料原料を輸入に依存しているうえ、エネルギー価格や世界の物流条件が悪化すれば、最終的に日本の調達コストや入手条件にも波及しうるという構造的な脆さにある。

すぐに食卓が揺らぐのか

では、すぐにスーパーの棚が空になるのかといえば、現時点ではそこまでの局面ではない。国内報道のトーンも、危機を煽るというより、実態把握と先回りの備えに重心がある。JA全中が調査を始めたのも、まさにそのためだ。

ただし、安心材料ばかりでもない。肥料や燃料の価格上昇は、すぐに供給断絶という形では現れなくても、数か月単位で作付け判断や生産コストに効いてくる。農家が肥料使用を絞れば、その影響は後から収量に表れやすい。農業では「今不足していない」ことと、「次の収穫まで安心できる」ことは同じではない。

海外ではすでに、肥料高騰が世界の食料価格や食料安全保障に波及しかねないという見方が強まっている。APやReutersなどが伝える国際機関の見立ても、物流・肥料・エネルギーの複合リスクを警戒する方向でおおむね一致している。日本の農業への影響も、その大きな連鎖の一部として考える必要がある。

政府は何を備えているのか

農林水産省は、燃油価格が上昇した場合に、経営費に占める燃料費の割合が特に高い施設園芸などの生産者向けに補てん金を交付する制度を設けている。政府の認識も、農業は燃料高の影響を受けやすい産業だという前提に立っている。

これは逆に言えば、燃料高が長引いたときに脆い分野がすでに想定されているということでもある。今回のイラン情勢は、その既存リスクを改めて前面に押し出した。価格高騰だけでなく、資材や物流の目詰まりまで広がれば、補てんだけで十分かどうかも問われることになる。

日本の弱さはどこにあるのか

今回のニュースが示しているのは、日本の農業が「国内産業」でありながら、実はエネルギーと資材の面でかなり外に依存しているという現実だ。原油の多くを海外に頼り、肥料原料も輸入依存が高い。地政学リスクが起きるたびに、農業は燃料高と資材高の両方にさらされやすい構造になっている。

しかも農業は、コストが上がったからといってすぐ価格転嫁しやすい産業ではない。作物には生育サイクルがあり、出荷時期も限られる。市場価格との兼ね合いもあるため、資材高をそのまま販売価格に乗せられない場面が少なくない。ここに農業特有の苦しさがある。

次にどこを見ればよいのか

今後の焦点は三つある。第一に、JA全中のアンケートでどの資材や地域に弱さが集中しているか。第二に、原油価格だけでなく肥料や関連資材の調達環境がどこまで悪化するか。第三に、政府が価格対策だけでなく供給確保の面でどこまで動けるかだ。

中東情勢のニュースは、どうしても遠い地域の軍事・外交問題として受け止められやすい。だが今回のJA全中の発言は、その影響が日本の農業、ひいては食卓の安定にまでつながる可能性をかなり率直に示した。食料安全保障は農地の問題である前に、燃料と資材を安定して届かせられるかという問題でもある。その意味で、供給網全体の持久力も視野に入れた対応が必要になりつつある。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

Please share it if you like!

Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

table of contents