イラン情勢の緊迫化で、ホルムズ海峡を通る中東原油の供給が滞るリスクへの警戒感が高まっている。そのなかで、国が出資する資源開発大手のINPEX(インペックス)が、中央アジアで権益を持つ油田の原油を日本の石油元売りなどに優先的に販売する方針を固めた。「ホルムズを通らない原油」として注目される動きだが、その意味と限界は冷静に見ておく必要がある。
INPEXとはどんな会社か
INPEX(1605)は、石油・天然ガスの探鉱から生産・販売までを手がける日本最大の資源開発会社だ。国(経済産業大臣)が筆頭株主として出資しており、日本のエネルギー安全保障政策と密接に連動している。海外の油田・ガス田に「権益」、つまり生産物の一定割合を受け取る権利を保有しており、その収益と供給力が国内エネルギー政策の柱のひとつになっている。
今回の優先販売の対象として挙がっているのは、カザフスタンのカシャガン油田と、アゼルバイジャンのACG油田の2か所だ。
二つの油田はどこにあるのか
ACG油田(アゼルバイジャン沖カスピ海)は、英国のBPが操業主体を務める大型の海上油田群で、INPEXは約9%の権益を持つ。生産された原油は、バクー・トビリシ・ジェイハン(BTC)パイプラインでトルコの地中海岸にあるジェイハン港まで輸送され、そこからタンカーで世界各地へ運ばれる。
カシャガン油田(カザフスタン沖カスピ海)は、日量約43万バレルの生産能力を持つ大規模油田で、INPEXは約8%の権益を持つ。生産された原油はCPC(カスピ海パイプライン・コンソーシアム)のパイプラインを経由して、ロシア領内を通り黒海のノヴォロシースク港へ運ばれる。
どちらも中東湾岸の油田ではなく、ホルムズ海峡を直接通過しないルートを使っている。この点がイラン情勢を背景に注目される理由だ。
「欧州向けの油を日本に振り替える」という意味
ポイントは、これが新たな油田の開発や新規ルートの開拓ではないことだ。INPEXがすでに権益を持ち、通常は地理的に近い欧州向けに販売してきた原油の、販売先の配分を変える話だ。非常時に日本企業向けの優先販売枠を確保しておく、いわば「保険の設定」に近い。
日本の原油輸入に占める中東依存度は、S&Pグローバルの調査で2025年でも93.5%に上る。その構造を根本から変える手段ではないが、ホルムズ情勢が悪化した際に「中東以外からの選択肢が数パーセントでもある」と示すことは、市場の不安を和らげる効果がある。実際に調達できる量が限定的でも、「ホルムズ一本足ではない」というシグナルを送る意義がある。
物流コストという高い壁

ただし、この振り替えは簡単ではない。ACGもカシャガンも、欧州に近い地中海・黒海側に原油を出す仕組みになっているため、日本へ持ってくる場合は喜望峰回りなどの長距離海上輸送が必要になりやすく、中東からの通常調達より日数もコストも重くなりやすい。NHKの報道によると、ホルムズ経由の中東ルートと比べ2倍以上の日数を要する見込みとされる。
航海距離が伸びれば船賃は上がり、輸送中の在庫コストも増える。結果として原油の調達コストは割高になり、採算面での課題は大きい。販売先の石油元売り各社と条件面で折り合えるかが、実現の鍵を握る。
カシャガンには「別の地政学リスク」もある
「ホルムズを通らないから安全」という見方にも、注意が必要だ。カシャガン原油の輸出ルートであるCPCパイプラインは、ロシア領内を通り黒海に出る経路をとっている。設備被害や悪天候で出荷の安定性に影響が出た時期があり、ロシア経由であること自体が別種の地政学リスクを含む。
ホルムズのリスクを避けようとすると、黒海・ロシア経由のリスクを引き受けることになる。どちらが確実に安全かは、その時々の情勢次第だ。
油種の違いという技術的な壁
もうひとつの制約が、原油の性質の違いだ。日本の製油所は長年、硫黄分が多い「サワー原油」と呼ばれる中東産原油を大量に扱うように設計・運用されてきた。
ACGが産する「Azeri Light(アゼリ・ライト)」は、中東の標準的なサワー原油とは性状が異なり、軽質・低硫黄の傾向が強い。一方、カシャガン側も中東産とは性質が違うが、輸出実務ではCPC経由のブレンドや経路条件も絡むため、単純に同じ「ライトスイート原油」とひとくくりにはしにくい。
油種が異なれば、精製の条件や歩留まりが変わる。量が確保できれば中東原油をそのまま置き換えられるほど単純ではなく、製油所ごとに受け入れられる割合に限りがある。米国産をはじめとする非中東原油の調達は以前から少しずつ増えているが、大規模な切り替えには時間と設備投資が必要だ。
「小さな逃げ道」を積み重ねる戦略
今回のINPEXの動きを一言でまとめると、「中東の代替を見つけた」ではなく、「非常時に日本向けに振り向けられる選択肢をひとつ確保した」という表現が近い。
日本のエネルギー安全保障は、ひとつの大きな代替ルートを確保することではなく、小さな逃げ道をいくつ積み上げられるかという積み重ねの問題だ。カシャガンとACGからの調達枠は、その選択肢のひとつにはなり得る。ただし、物流コスト・精製適性・輸出ルートの地政学リスクという三つの壁は現実として残る。「保険は掛けた、だが免責事項は多い」というのが、現時点での正直な評価だろう。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

