政府はイラン情勢に対応して石油備蓄を放出し、補助金でガソリン価格を抑えようとしている。「日本全体として必要な量は出している」というのが政府の公式見解だ。
しかし現場では、ガソリンスタンドが休業し、入浴施設が湯を沸かせなくなり、建設現場向けの溶剤が急騰している。「量は出ている」はずなのに、なぜ届かないのか。
政府が「抑制しないで」と異例の要請
経済産業省は3月19日付けで、石油元売り会社や商社などおよそ10社に対し、ガソリンなどの販売を抑制しないよう要請した。
政府が油種の供給量を増やすために備蓄放出を行ったのは3月16日のことだった。それ以降も、一部のガソリンスタンドや企業から「仕入れが難しくなっている」という声が経済産業省に寄せられ続けていた。
経済産業省・資源エネルギー庁の担当者は「備蓄も含めて日本全体として必要な量を出しているので、通常どおりの事業活動をしてほしいとの趣旨で要請した。目詰まりが起こらないよう隔たりなく石油製品が届くようにしてほしい」と説明している。
「目詰まり」という言葉が重要だ。問題は日本全体の石油の絶対量ではなく、それが流通経路のどこかで止まって、末端まで届かなくなっているということだ。
なぜ「備蓄を出しても届かない」が起きるのか
石油が消費者の手元に届くまでには、いくつかの段階がある。産油国から輸入された原油は製油所で精製され、石油元売り会社から商社・卸へ、そして地域の販売業者(ガソリンスタンドなど)を経て最終的に届く。
備蓄放出はこのサプライチェーンの入口の量を増やす対策だ。しかし、途中のどこかで出荷が慎重化したり、流通の偏りが起きたりすると、全体では足りていても地域や業種によっては不足が起きる。
経産省は、元売り・商社段階で過度な慎重姿勢が出ないよう求め、通常どおり流通させてほしいと要請した形だ。
ガソリン、重油、シンナー——三つの現場で起きていること
イラン情勢の影響は、ガソリンだけではなく複数の油種や化学原料に広がっている。NHKの報道では、以下の三つの事例が伝えられている。

ガソリン——北九州のスタンドが臨時休業
NHK記事によると、北九州市内でガソリンスタンドを運営する会社では、イラン情勢の緊迫化に伴い仕入れ価格が前週比で最大30%ほど上昇した。そのため仕入れ量を抑制せざるを得なくなり、運営する7店舗のうち3店舗を3月20日から臨時休業としている。
会社の担当者は「企業努力では太刀打ちできない状況だ。ガソリンがないと商売が成り立たない」と述べたという。来月1日からの営業再開を予定しているものの、状況によっては休業延長も検討するとしている。
重油——浜松の入浴施設が休止
NHK記事によると、浜松市の総合福祉センターにある入浴施設は、湯を沸かすために重油を使用している。しかし、重油の調達先から「今後の入荷は未定」という連絡があり、他の業者に問い合わせても「供給できるかわからない」という回答しか得られなかったという。
このため施設は3月25日から当分の間、入浴施設の休止を決めた。1日約80人が利用していたこの施設の担当者は「このような形でイラン情勢の影響があるのは驚いている」と話しているとNHKは伝えている。
シンナー——塗料メーカーが75%値上げ
大手塗料メーカーの日本ペイントは、塗装現場で使われる「シンナー」(塗料を薄める溶剤)について、3月19日以降の注文分から75%の値上げを実施したと明らかにした。
シンナーの主原料は「石油系溶剤」と呼ばれる石油化学製品だ。中東情勢の緊迫化で石油系溶剤の供給がひっ迫し、価格が急騰したことへの対応だとしている。NHK記事によると同社は「企業努力のみでの対応が極めて困難な状況に至った」とコメントしており、今後さらなる値上げの可能性も示唆している。
出典:NHK記事
最後に困るのは「弱い立場の調達先」
三つの事例を並べると、共通の傾向が見えてくる。
ガソリンは国民への影響が大きいため、政府の補助や注目が集まりやすい。しかし今回の事例では、重油やシンナーのような産業・施設向け製品のほうが、地方施設や中小企業で先に問題化しているように見える。取引量が限られ、代替も利かないことが多いこれらの製品では、供給が不安定になったとき、調達力の弱さが先に表面化しやすい。
北九州のガソリンスタンドは「企業努力では太刀打ちできない」と言い、浜松の福祉センターは「早く原油の供給が安定するよう祈るばかり」と述べる。政策の網が最後に届きにくい現場が、まず痛みを受けている。
政府の対応は「価格」から「供給網」へ
今回の一連の対応を時系列で整理すると、政府の危機対応が段階的に変化していることがわかる。
- 備蓄放出(3月16日):市場への供給量を増やす
- ガソリン補助再開・予備費8000億円:価格を抑える
- 販売抑制しないよう要請(3月19日):流通の詰まりを解消する
- 金融支援の拡大:影響を受けた・受けそうな事業者を資金面で支える
経産省によると、政策金融機関「日本政策金融公庫」などは3月23日から全国に特別相談窓口を設置し、中小企業からの相談を受け付け始めた。また、政府は「セーフティネット貸付」(一時的に業況が悪化した中小企業が利用できる政策金融)の対象を、すでに影響が出た企業だけでなく、今後影響が懸念される企業にも広げるとしている。
これは、単に「価格が高い」という話から、資金繰りや事業継続リスクまで視野に入る局面に入りつつあることを示している。
まとめると
- 政府は石油元売り・商社など約10社に「販売抑制しないよう」要請。問題は量ではなく流通の「目詰まり」
- 影響はガソリンだけでなく、重油(福祉施設の休止)・シンナー(75%値上げ)など複数の油種・化学原料に広がり始めている
- 今回の事例では、地方の小規模施設や中小企業ほど先に問題化している様子が見える
- 政府の対応は、備蓄放出・価格補助に続き、流通確保と金融支援へと段階が進んでいる
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。NHK報道からの引用箇所はNHK記事に基づきます。一部数値は記事掲載時点の情報です)

