イラン戦争が壊した「新興国投資の黄金シナリオ」——現地通貨建て債券が受けた二重パンチ

2025年から2026年初頭にかけて、ウォール街で最も人気を集めていた投資先があった。新興国(エマージング・マーケット)の現地通貨建て債券だ。米ドル安、各国のインフレ鎮静化、そして新興国中央銀行による利下げサイクルへの期待が重なり、この資産クラスには記録的な資金が流れ込んでいた。それが今、同じ理由で最も深く傷ついている。

2026年2月下旬にイランとの戦争が勃発して以降、Bloombergの指数ベースで新興国の現地通貨建て債券は4.5%を超える損失を記録した。同じ新興国でもドル建て債券の下落幅のほぼ2倍にあたる。「人気の取引が最も危険なポジションになる」——市場の古典的な逆回転が、再び起きている。


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「現地通貨建て債券」とは何か

まず資産の性質を整理しておく。「現地通貨建て債券」とは、新興国の政府が自国通貨で発行する国債のことだ。南アフリカなら南アフリカランド(ZAR)建て、ハンガリーならフォリント(HUF)建てで発行・償還される。

なぜ投資家に人気なのか。理由は二つある。一つは利回りの高さだ。先進国の低金利が続く中、6〜8%台の利回りを持つ新興国債は魅力的に映った。もう一つは為替益の可能性だ。新興国通貨がドルに対して上昇すれば、それ自体が投資家にとっての利益になる。

裏を返せば、この二つが逆方向に動いたとき、損失は「二重パンチ」になる。通貨が下がれば為替損が生じ、利下げ期待が後退すれば債券価格も下がる。今回のイラン戦争はその引き金を引いた。


通貨安と利下げ後退——二つの打撃が同時に来た

原油価格の急騰がすべての起点だ。ブレント原油(国際的な原油の代表指標で、1バレルあたりの価格で表される)は紛争勃発以降、1バレル100ドルを超える水準まで上昇した。

原油高が特に打撃を与えるのは、原油輸入依存の高い新興国だ。エネルギー輸入コストが膨らみ、国内インフレを押し上げる。インフレが高まると、中央銀行は利下げを続けにくくなる——場合によっては据え置きや利上げが意識されやすくなる。

UBSの試算(Bloombergが引用)によると、金融市場は現在、今後12カ月間で新興国全体で平均60ベーシスポイント(0.6%)以上の利上げを織り込んでいる。わずか3月初旬には25ベーシスポイントの利下げが予想されていたことを思えば、わずか数週間で金融政策の景色が一変した。この利下げ期待の後退は新興国だけにとどまらず、欧州や米国の主要中央銀行でも同様の流れが見られており、グローバルな金利再評価の波が起きている。


南アフリカとハンガリー——傷み方の違いに潜む構造

主要新興国通貨22のうち、年初来で対ドル比プラス圏にあるのはわずか6通貨。紛争勃発前の17通貨から激減した。特に大きく下落したのが南アフリカランドとハンガリーフォリントだ。両国の債券は3月だけで約10%の損失を出した。

南アフリカの場合、ランドは1ドル約17.15まで下落し、2025年12月中旬以来の最安値を記録した。さらに、外国人投資家が1週間で過去最高となる413億ランドを南アフリカの債券市場から引き揚げた。南アフリカは石油を輸入に頼り、ランドは元々ボラティリティの高い通貨として知られる。原油高は直接的に輸入コストと通貨安の両方を通じて打撃を与える。

中東欧のハンガリーやポーランドは別の経路で傷んでいる。これらの国は天然ガスをはじめとするエネルギーへの依存度が高く、ユーロとの連動性も強い。フランクリン・テンプルトンの分析によると、エネルギー価格上昇とユーロの対ドル安が重なり、これらの国の資産は相対的に劣後している。

ブラジルも別の理由で下落した。低金利局面でブラジルに投資し利下げによる値上がりを狙っていた投資家が、シナリオの変化に伴いポジションの巻き戻しを余儀なくされた。


「撤退よりも選別へ」——プロはどう動くか

もっとも、市場の混乱がこの資産クラスへの「全面撤退」を意味するわけではない、とみる運用会社も多い。

フォンベル・アセット・マネジメントのポートフォリオマネージャー、ティエリー・ラローズ氏は現地通貨建て債券を「リスクオフ環境における主な犠牲者」と位置づけつつも、アジアへのシフトを進めていると明かした。具体的には、中央銀行が自国通貨を防衛する能力が相対的に高い韓国ウォンや台湾ドル建て債券を選好しているという。

債券運用の世界最大手の一つ、ピムコのヤコブ・アルノポリン氏はBloomberg TVに「新興国のイールドカーブは実際に起こりうる以上の利上げを織り込んでいる可能性がある」と述べた。また同社の元新興国ソブリン債スペシャリスト、ルーピン・ラーマン氏は「ボラティリティをヘッジすべきであり、この資産クラスから撤退すべきではない」と呼びかけている。

「すべての新興国が同じ」ではない。外貨準備が厚い国、資源輸出で原油高の恩恵を受ける国、政治的安定度が高い国は相対的に底堅い。有事の局面では、「新興国全体から逃げる」のではなく「弱い国から強い国へ乗り換える」選別が起きやすい——これがプロの間では共通認識になっている。


「人気の取引」が最も危険になる瞬間

2025年から2026年初頭にかけての新興国現地通貨建て債券は、複数の追い風が重なる理想的な環境にあった。ドル安、新興国のインフレ鎮静化、利下げサイクルの始動。これらを前提に積み上がったポジションは、イラン戦争という予期せぬ衝撃によって一気に逆回転した。

通貨安と利下げ期待後退という二つの打撃は、それぞれ単体でも痛い。それが同時に来ると、損失は加速度的に広がる。今回の急落はその構造を、数字で鮮明に示した。

南アフリカ準備銀行(SARB)は3月26日に金融政策を決定する予定で、市場では利上げの可能性も一部で織り込まれつつある。それが実現すれば、わずか数ヶ月前まで利下げが見込まれていた状況からの劇的な転換となる。

金融市場における「人気の集中」は、同時に大きなリスクになりやすい。今回の急転換は改めてその教訓を刻み込んだ。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

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