大手の賃上げは過去最高——でも春闘の本当の勝負はここから始まる

2026年の春闘で、大企業は今年も高水準の回答を出した。自動車や電機などの金属系労組が加盟する「金属労協」の平均賃上げ額は、ベースアップ相当分で月額1万5450円(率にして5.1%)となり、集計を始めた2014年以降で最も高い水準となった。トヨタや日立、NECなどでは満額回答が相次ぎ、「今年も大手は頑張った」という空気は確かにある。

だが、この数字だけを見て「日本の賃上げは軌道に乗った」と判断するのは早い。本当の問題は、この流れがどこまで広がるか——中小企業で働く人、非正規雇用で働く人のところまで届くかどうかだ。


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そもそも春闘とは何か

春闘は、毎年春に労働組合が企業側と賃金・労働条件を交渉する、日本独特の慣行だ。大企業での集中回答日(今年は3月18日)に主要な回答が出揃い、それが相場として中小企業や地域の交渉に波及していく構造になっている。

ここで押さえておきたいのは「ベースアップ(ベア)」と「定期昇給」の違いだ。定期昇給とは、勤続年数に応じて自動的に賃金が上がる仕組みで、新入社員が3年後に少し給料が上がるようなものをイメージすればよい。一方ベアは、賃金表そのものを底上げするもので、「全員の給料の出発点を引き上げる」意味を持つ。今年の月額1万5450円という数字はベア相当分であるため、実質的に賃金水準の底上げが進んでいることを意味している。


実質賃金は「ようやく」プラスに転じた

賃上げ率が高くても、物価がもっと上がれば生活は苦しくなる。その実態を示すのが「実質賃金」だ。名目の賃金から物価上昇分を差し引いた指標で、これがプラスかマイナスかで、実際の生活水準が上がっているかどうかがわかる。

春闘の賃上げ率が5%を超えた直近2年間(2024年・2025年)でも、物価の上昇がそれを上回り、実質賃金は4年連続でマイナスが続いていた。つまり「給料は上がっているのに生活は苦しい」という状況が続いていたわけだ。

ただ、足元では変化の兆しも出ている。2026年1月の実質賃金は前年比プラスに転じており、13か月ぶりの改善となった。「ようやく物価に追いついてきた」という局面に入りつつあるが、この改善が定着するかどうかはまだ不確実だ。


賃上げが広がらない2つの壁

では、今年の高水準の賃上げが日本全体に広がらないかもしれない理由はどこにあるのか。大きく2つの壁がある。

壁① 中小企業の「価格転嫁」問題

日本では中小企業が雇用の約7割を支えている。この層に賃上げが届かなければ、家計全体の改善にはつながらない。

しかし中小企業が賃上げを実施するには、まず賃上げの原資となる収益が必要だ。原材料費や人件費が上がったとき、それを製品・サービスの値上げ(価格転嫁)で回収できれば原資が生まれるが、現実にはそれが難しい。大手取引先に対して値上げを交渉する力を持てない中小企業は多い。

帝国データバンクの調査によると、企業の価格転嫁率は42.1%にとどまっている。コストが100円上がっても、販売価格に反映できたのは42.1円分だけで、残りの約6割を自社で吸収している計算だ。この構造が変わらない限り、中小企業の賃上げ余力は限られたままになる。

機械・金属産業の中小企業労組でつくる「JAM」の安河内賢弘会長が「価格転嫁交渉を経営に要求し、労使で考えることが重要だ」と強調しているのは、まさにこの壁を意識してのことだ。春闘とは名ばかりの賃上げ要求ではなく、「取引価格を上げられるか」という実務的な問題でもある。

壁② 非正規雇用の「率と水準」の乖離

もう一つの壁は、非正規雇用で働く人たちへの波及だ。非正規(パートタイム、派遣など)は、役員を除く雇用者全体の36.5%を占めており、3人に1人以上が該当する。

小売・外食・サービス業など消費に近い分野では非正規比率が特に高く、この層の賃金が上がらなければ、社会全体の消費は広がりにくい。

パートタイマーを多く抱える労組「UAゼンセン」では、今年の回答でパートの賃上げ率が正社員を上回る企業が多かったとしている。数字だけ見れば「非正規が先行した」ようにも映る。

しかし注意が必要なのは、「率」と「水準」は別の話だということだ。もともとの時給が低ければ、率が高くても絶対額の改善は限られる。1000円の5%は50円だが、2000円の3%は60円だ。率で見える改善が、生活実感の改善に直結するとは限らない。


春闘は日銀の「次の一手」にもつながっている

この賃上げの動向は、家計の問題にとどまらず、日本の金融政策にも直接影響している。

日本銀行(日銀)は、「賃金上昇を伴う持続的な物価上昇」を利上げ判断の重要な条件のひとつとして位置付けている。3月19日の金融政策決定会合では政策金利を0.75%に据え置いたが、賃金上昇が中小や非正規にまで広がり、持続的な物価上昇を下支えするかどうかが、日銀にとって引き続き重要な判断材料になるとみられる。

つまり「今年の賃上げがどこまで波及するか」という問いは、個人の家計だけでなく、日銀が次の一手を判断する際の条件にもつながっている。


春闘の評価が決まるのはここから

大手企業の高水準回答は、明るいニュースであることは間違いない。ただ、それが日本の経済全体に恩恵をもたらすためには、大きく2つのことが起きる必要がある。

一つは、中小企業が取引先へ価格転嫁を進め、賃上げの原資を確保できること。もう一つは、非正規雇用者の賃金が、率だけでなく水準として引き上がっていくことだ。

いずれも一朝一夕には進まない。春闘の「集中回答日」はひとつの節目に過ぎず、実際の賃上げがどこまで広がるかは、これからの交渉と政策次第だ。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

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