毎年春に行われる賃上げ交渉、いわゆる「春闘」が山場を迎えている。労働団体の全労連が、2026年春闘の3月12日時点の集計を発表した。平均の賃上げ額は月額8,106円、率にして2.74%と、どちらも前年同時期を上回った。しかし「前年超え」という数字だけで喜んでいいのかと言えば、そうではない。目標には大きく届かず、物価との関係を考えれば生活改善は道半ばだ。そして業種によっては、賃上げの弱さが目立つ分野が明確に見えている。
全労連が示した数字——前年比で上回るも、目標水準は遠く
まず今回の集計の内容を整理しよう。
全労連(全国労働組合総連合)はおよそ60万人の組合員を擁する労働団体だ。2026年春闘では「定期昇給分+ベースアップ相当分で月額3万3,000円以上・率にして10%以上」という要求方針を掲げて交渉に臨んでいる。
3月12日時点で経営側が回答したのは321組合。このうち具体的な金額が示された205組合の集計では、平均賃上げ額は月額8,106円(前年同時期比+1,078円)。また比較が可能な132組合の集計では、平均賃上げ率は2.74%(前年同時期比+0.04ポイント)だった。
どちらも前年を上回っており、賃上げの流れ自体は続いている。ただし要求水準(月額3万3,000円・10%以上)と比べると、実際の回答は要求の4分の1程度にとどまっている。全労連は「多くの組合でさらなる上積みを目指して交渉を続けている」としており、交渉はまだ続く。
「前年超え」は本当に賃上げなのか——実質賃金との関係
賃上げの議論でしばしば見落とされるのが、「名目の賃上げ」と「実際に生活が楽になるかどうか」は別の話だという点だ。
給与の額が月8,106円増えたとしても、同じ期間に食料品・電気代・ガス代などの物価がそれ以上に上がっていれば、手元のお金の「実際の購買力」は変わらない、あるいは下がる。これを示す指標が「実質賃金」だ。
厚生労働省の毎月勤労統計によれば、2026年1月の実質賃金はなお弱含みで推移している。つまり、今回の全労連の集計に示された賃上げ額や率は「前年より上がった」という事実ではあるが、家計の改善という観点では十分ではない可能性がある。
黒澤幸一事務局長も「すべての労働者が生活が改善したと実感できる水準に引き上げられることが緊急に必要になっている」と述べており、名目の賃上げだけでなく生活実感の回復を求めていることが分かる。
業種によって大きな差——医療・介護で伸び悩みが鮮明
今回の集計で特に目立つのが、業種間の格差だ。
医療分野の平均賃上げ額は月額5,481円・賃上げ率1.86%。社会福祉・介護分野は平均4,849円・1.89%。どちらも全体平均の2.74%を大きく下回り、2%にすら届いていない。
この差はなぜ生まれるのか。一般の企業では、業績が上がれば賃上げの原資も生まれやすい。しかし医療・介護の分野は、診療報酬や介護報酬といった公定の料金制度の下で事業を営んでいるため、経営者が「賃上げしたい」と思っても、国が定める報酬水準が上がらなければ財源の確保が難しい構造がある。いわば「賃上げのしやすさ」が制度設計によって制約されている分野だ。
しかし皮肉なことに、医療・介護はいま深刻な人手不足が続く業種の一つでもある。給与水準が低ければ働き手は集まりにくく、人手不足がさらに深刻になるという悪循環も懸念される。全労連はこれらの分野でストライキも辞さない構えで交渉を続けるとしており、業界全体の問題として改善を求めている。
春闘全体の構図——論点を整理すると
全労連は組合員約60万人の団体だが、日本最大の労働団体は連合(日本労働組合総連合会)だ。連合は2026年春闘で平均5.94%の賃上げを要求として掲げており、中小組合では6.64%、非正規では7.60%という高い水準を示している。
ここで注意が必要なのは、連合の「要求率」と全労連の「現時点の回答率」は性質の違う数字であり、単純比較はできないという点だ。それを踏まえたうえで言えば、春闘全体で「高い賃上げを求める声」は強い一方、現時点で出ている実際の回答はその期待ほど強くない、という構図が見える。交渉の本番はこれからで、今回の数字はあくまで中間地点だ。
まとめ——「上がっている」だけでは読めない春闘の実態
2026年春闘は、名目の賃上げの流れとして前年を上回る水準で進んでいる。これは事実だ。ただし今回の全労連の集計を読む際に押さえておきたい論点がある。
要求水準と実際の回答には大きな差がある点が一つ。月額3万3,000円以上という目標に対し、現時点の平均は8,106円と大きく届いていない。名目の賃上げが生活改善に直結するとは限らないという点が二つ目で、実質賃金が弱含みで推移する中では、数字以上に生活実感は厳しい可能性がある。そして医療・介護など一部の業種では、賃上げが伸び悩む構造的な事情があるという点が三つ目だ。人手不足が深刻な分野でこそ賃上げが難しいという矛盾は、制度的な問題と切り離せない。
春闘の最終結果は今後の交渉次第だが、「前年超え=十分」とはならない状況が続いている。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

