表向きは「順調」だ。アメリカ軍は5000か所以上の標的を攻撃し、イランの弾道ミサイル発射は開戦時と比べ90%減、自爆型無人機も83%減ったと主張する。だが、その裏でトランプ大統領の側近たちは焦り始めているという。
「目標はほぼ達成した」と言いながら、なぜ出口を探すのか
アメリカの有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルは3月9日、「関係者の話」として、トランプ大統領の顧問たちが大統領に対し、戦争から撤退するための計画を示し、軍が目標をほぼ達成したと主張するよう促していると報じた。ホワイトハウスはこの報道を否定しており、確定した事実ではない。ただ、複数のメディアが同様の「政権内部の懸念」を伝えており、報道を完全に無視することもできない状況だ。
顧問たちが懸念しているのは2つだ。ひとつは今年11月に迫る中間選挙。「長引く戦争は大統領への支持を失わせる」という計算だ。もうひとつは経済。イラン情勢の緊迫化で原油価格が100ドルを超え、アメリカ国内のガソリン価格を押し上げている。トランプ政権にとって、ガソリン高は政治的に最も痛い数字のひとつだ。
一方でトランプ大統領本人は、「ほぼ完了している」「短期的な遠征になるだろう」とも述べており(Bloomberg、3月9日)、戦争を早期に終わらせたい意向を匂わせている。
威嚇と対話の両にらみ──強硬発言と交渉余地の併存
ただし、話はそう単純ではない。トランプ大統領はFOXニュースの電話インタビューで、イランの新しい最高指導者に選出されたモジタバ・ハメネイ師について「彼が平穏に暮らせることはないだろう」と威嚇した。しかし同じインタビューの中で、イランとの対話について問われると「条件しだいでは可能だ」とも述べた。
威嚇と対話の可能性を同時に口にするこのスタイルが今回の局面でも現れている形だ。どちらが「本音」かは不明だが、両方の発言を並べると、交渉の余地を残しながら圧力をかけ続けているという構図が見えてくる。
イランに「新しい最高指導者」が誕生した
今回の報道で重要な背景のひとつが、イランの指導体制の変化だ。
イランの最高指導者アリー・ハーメネイー師は、軍事作戦の開始(2月28日)と前後する時期に死亡した。後継として3月8日に選出されたのが、その次男モジタバ・ハメネイ師だ。イランには「専門家会議」という聖職者たちによる議会があり、そこが最高指導者を選ぶ仕組みになっている。
モジタバ師は公職に就いたことがなく、表舞台への露出も少ない。ただ、治安・情報機関との強いつながりがあるとされる。父のハーメネイー師は権力の世襲には否定的だったとされているが、米・イスラエルとの軍事衝突という未曾有の危機のもと、体制を維持するために革命防衛隊が世襲選出を推した可能性があると、Bloomberg・東洋経済オンラインは分析している。
反米強硬派とされるモジタバ師の就任をトランプが不満に思うのは、「交渉できる相手かどうかが読めない」という懸念からとみられる。
広がるエネルギー供給不安
軍事的な攻防と並行して、中東のエネルギー供給網に不安が広がっている。
3月10日、UAE(アラブ首長国連邦)では、アブダビ首長国にあるルワイス製油所が、周辺地域でのドローン攻撃による火災を受けて操業を停止したとBloomberg・AFP通信が伝えた。ルワイス製油所は日量約92万2000バレルの処理能力を持つ世界最大級の石油精製施設で、国営石油会社ADNOC(アブダビ国営石油会社)が運営している。停止は「予防的措置」としての判断とされており、停止期間は「不明」だ。今後の再稼働状況によっては、影響が長引く可能性がある。
湾岸地域では他の主要エネルギー施設にも懸念が広がっている。ただし、個別施設への被害については未確認の情報も流通しており、引き続き情報の精査が必要な状況だ。
LNGとは、天然ガスを液化して輸送しやすくしたものだ。日本の電力・都市ガスに欠かせない原料で、日本はカタールなど湾岸諸国から大量に輸入している。湾岸地域のエネルギー施設への打撃が長引けば、日本の電気・ガス料金への上振れ圧力につながるリスクがある。
ホルムズ海峡の安全は取り戻せたのか
米軍のケイン統合参謀本部議長は10日、機雷を設置しようとするイランの艦艇を含め、無人機搭載艦など50隻以上を攻撃・破壊したと明らかにした。機雷敷設能力を持つ艦艇を優先的に攻撃・破壊していく方針も示した。
ただし「ホルムズ海峡の安全が完全に確保された」とは言っておらず、タンカー護衛については「さまざまな選択肢を検討していく」と述べるにとどまった。護衛の実施はまだ「任務が与えられた場合」という条件付きだ。
ホルムズ海峡は世界の石油輸送量のおよそ2割が通過する要衝で、日本が輸入する石油の大半もここを通る。機雷や攻撃による通航リスクが続く限り、輸送コストの上昇と供給不安は解消されない。
ウクライナが中東に「ドローン教官」を派遣したわけ
この混乱の中、少し意外な動きがあった。ウクライナのゼレンスキー大統領が、湾岸諸国に対してドローン迎撃の専門家チームを派遣したと発表したのだ。
「なぜウクライナが中東に?」と思う人もいるだろう。背景には、ウクライナがロシアとの戦争を通じてイラン製ドローン(シャヘド136型など)の迎撃に豊富な実戦経験を持つという事実がある。イランが湾岸諸国に使っているのも同型のドローンだ。
ただし、これは純粋な「連帯」だけとは言い切れない。日経新聞は「ゼレンスキーが湾岸諸国への迎撃ドローン供与をパトリオットミサイルとの交換として提案している」と報じており、ウクライナが自国の防空能力強化を中東情勢を使って実現しようとする側面があるとも読める。
日本への影響はいま、静かに積み上がっている
ガソリン代、電気代、食品価格。中東での戦争が遠い話に思えるのは分かるが、日本はエネルギーの大半を中東に依存しており、この連鎖的な動揺はいずれ国内価格への上振れ圧力となって表れてくるリスクがある。
「戦争は10日で終わる」という楽観論はすでに崩れている。停戦交渉の開始から限定攻撃の継続、海上警備中心への移行まで、今後の展開には複数のシナリオが並存している。確実なのは、いずれの形であれ即時の収束は見えていない、という点だ。
エネルギー価格の高止まりはしばらく続く可能性が高い。3月19日には日米首脳会談(高市・トランプ)が予定されており、イランとエネルギー問題が中心議題になることは確実だ。その結果が、日本の生活コストに与える影響を、今後も注視する必要がある。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

