


洋上風力の導入拡大が期待される一方、採算面の課題も抱える日本に、大きな一歩となりうるニュースが届いた。デンマークに本社を置く風力発電機の世界的大手「ベスタス」が、日本国内に製造拠点を設ける方針を明らかにし、経済産業省と協力の覚書を締結した。候補地の一つとして北海道・室蘭市の名前も挙がっている。
なぜこのニュースが重要なのか。風車を「買ってくる」から「作る」へ——日本の洋上風力政策が、発電量の拡大だけでなく、産業の育成という段階に踏み込もうとしていることを示す出来事だからだ。
ベスタスとは何か
まず、今回の主役となるベスタスについて紹介しておきたい。
ベスタスはデンマークに本社を置く上場企業で、世界88カ国で累計201GWを超える風車の納入実績を持つ、風力発電機メーカーの世界大手だ。風車といえばベスタス、と言っても過言ではないほどの存在感を持つ企業が、今回日本市場に本格的な製造拠点を設けることを表明した。
今回の発表:2029年までに組立、2039年には完全生産へ
2026年3月9日、ベスタスは経済産業省などと協力の覚書を締結した。
その内容は2段階に分かれている。まず2029年度までに、風車の主要部品「ナセル」の最終組立拠点を日本国内に設けることを目指す。その10年後、2039年度までには部品製造から手がける完全生産拠点の設置も検討するとしている。
ここで「ナセル」という言葉が出てくるが、これが今回のポイントになる言葉だ。
「ナセル」とは何か
風車を正面から見ると、大きな羽根が回転しているのが目に入る。その羽根の付け根、支柱の頂上にある大きな箱状の部分がナセルだ。発電機や増速機など、風の力を電気に変えるための主要機器がここに収まっており、風車の「心臓部」とも言える。
ナセルは風車全体の中でも技術的・経済的に価値の高い部分で、これを日本国内で最終組立できるようになれば、単なる部品輸入よりも国内で多くの付加価値を生み出せる。今回の計画は、この中核部品を日本の工場で仕上げることを目指すものだ。
なぜ室蘭が候補なのか
候補地の一つとして浮上している室蘭市は、北海道南西部に位置する工業都市だ。新日鉄住金(現・日本製鉄)など鉄鋼・重工業系の製造業が集積しており、もともと大型鋼材の製造や加工に強い地域だ。
洋上風力の部材は巨大で重い。羽根(ブレード)一枚が100メートルを超えることもあり、ナセルも数百トン規模になる。こうした大型部材を扱うには、広いヤード、大型クレーン、そして大型船が入れる深い港が必要だ。室蘭は港の水深が深く大型船が入港しやすいことでも知られており、製造・輸送の両面で洋上風力の拠点候補として適しているとされる。
報道ベースでは、室蘭のほかに秋田市や北九州市なども候補地として名前が挙がっているという。最終的な立地はまだ決まっていない。
なぜ今、国産化が求められているのか
日本政府は洋上風力を再生可能エネルギー拡大の柱の一つに位置づけており、2030年までに10GW、2040年までに30〜45GWの案件形成を目指している。
しかし現状では、日本で稼働する風車や主要部品の大半は輸入に頼っている。これは複数のリスクを抱える。為替変動によるコスト上昇、物流の混乱、海外メーカーの供給スケジュールへの依存——これらは安定した洋上風力の導入を妨げる要因になりうる。
こうした背景から、産業界からは安定供給を目的に2040年までに国内調達比率を65%に高めることを目指す声が上がっており、今回のベスタスの動きはその実現に向けた具体的な一歩として受け止められている。また、国内に製造拠点が生まれれば、雇用や関連産業への波及効果も見込める。
楽観一辺倒ではない:実現の前提条件
今回の発表は前向きなニュースだが、注意が必要な点もある。
ベスタスが拠点を設けるかどうかは、日本国内で洋上風力案件が安定的に続くかどうかにかかっている。製造拠点は需要がなければ維持できない。日本の洋上風力は近年、資材費の高騰、円安、金利上昇、入札制度の問題などで採算性が揺らいでおり、大手商社が主導した案件が撤退・見直しに至った例もある。
経済産業省との覚書は「協力の枠組み」であり、拠点設置の確約ではない。今後、具体的な条件が整わなければ計画が縮小・延期される可能性は十分ある。
つまり、今回の発表は歓迎すべき動きではあるが、日本の洋上風力政策・制度の安定が伴って初めて実体化する話として捉えておくのが現実的だ。
まとめ:「作る国」へ踏み出す一歩、ただし条件付き
ベスタスによる日本国内製造拠点の計画は、日本の洋上風力が「発電機を輸入して建てる」段階から「自国で製造産業も育てる」段階へ進む可能性を示す出来事だ。室蘭をはじめとする地域産業にとっても、実現すれば大きな意味を持つ。
ただし、その実現は日本が洋上風力を安定的に推進できるかどうかにかかっている。2029年のナセル組立拠点という目標が現実のものになるか——政策・制度の動向と合わせて注視したい。



(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

