賃上げの春に吹く逆風――中東の波紋が、あなたの給与交渉に届くまで

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「憂慮している」という言葉の重さ

2026年3月5日、日本商工会議所の小林健会頭は記者団にこう語った。

「相当強い賃上げのモチベーションが中小企業にもあっただけに、非常に憂慮している」

きっかけは、中東のイラン情勢の悪化だ。

「中東」と「賃上げ」――一見まったく関係のない二つの言葉が、なぜ同じ文脈で語られるのか。その理由を解きほぐすことが、この記事のテーマだ。


今年の春闘は、「強い春」のはずだった

まず、「春闘」という言葉から始めたい。

春闘とは「春季労使交渉」の略で、毎年春に労働組合と企業が賃上げや労働条件を交渉する、日本独特の慣行だ。大企業が先に回答を出し、その水準が全国の中小企業へと波及していく構図が一般的で、日本の賃金水準を左右する大きなイベントといえる。

2026年の春闘は、出足から勢いがあった。労働組合の中央組織・連合が3月5日に公表したデータによると、加盟組合の賃上げ要求の加重平均は5.94%。前年の同時期(6.09%)をわずかに下回ったが、それでも依然として高い水準だ。「今年こそ物価上昇を超える賃上げを」という機運は、大企業のみならず中小企業にも広がりつつあった。

ところが、その矢先にイラン情勢が緊迫化した。


原油が上がると、なぜ賃上げが難しくなるのか

ここで少し、経済の仕組みを押さえておきたい。

日本は原油の約95%を中東に依存しているとされる。その多くは、ペルシャ湾からホルムズ海峡を経由して運ばれてくる。中東で紛争リスクが高まれば、原油の供給が滞ったり、価格が上昇したりする。

原油価格が上がると、何が起きるか。

ガソリン代が上がる。電気・ガスの料金が上がる。工場で使うエネルギーのコストが上がる。原材料を輸送する物流費も上がる。こうしたコスト増は、企業の収益を直接圧迫する。

さらに、円安が重なるとダブルパンチになる。輸入価格はドル建てで決まることが多いため、円が安くなるほど、日本企業が支払う円ベースのコストは膨らむ。小林会頭が「インフレと為替がダブルで効いてくると相当大変」と述べたのは、まさにこの構図を指している。


中小企業が直面する「賃上げか、生き残りか」

同じコスト増でも、大企業と中小企業では受けるダメージが違う。

大企業は、コストの上昇分を販売価格に転嫁する交渉力を持っている場合が多い。また、内部留保(手元の積立金)を活用して一時的なコスト増を吸収する体力もある。

一方、中小企業はそうはいかないケースが多い。取引先への値上げ交渉は難しく、仕入れ価格が上がっても販売価格には転嫁しにくい。体力も大企業には及ばない。そのような状況で「賃上げに回す余力があるか」という判断は、当然慎重にならざるを得ない。

小林会頭が「企業の心理からすれば、様子を見て決めるということになりかねない」と述べたのはこの文脈だ。

春闘では毎年、大企業の回答が先行し、その水準が中小企業へと波及する。だが今年は、4月以降に本格化する中小企業の交渉を前に、外部環境の不確実性が急に高まりつつある。


「崩れた」とは言っていない

ただし、ここで注意が必要だ。

小林会頭の発言は、「春闘が崩れる」と断言したものではない。あくまで「悪影響が出ないか憂慮している」「様子を見ることになりかねない」という警戒の表明だ。

実際、ロイター通信などの報道によれば、専門家の間では依然として高水準の賃上げ実現を見込む声もある。連合の要求水準も、数字の上ではまだ崩れていない。

つまり現時点では、「強い春闘の流れが続いているが、中東リスクが中小企業の判断を鈍らせる火種になりうる」という段階だ。状況が長期化するかどうかによって、今後の行方は大きく変わる。


政府への注文

小林会頭はこの日、政府への要望も口にした。

事態が長期化してエネルギー価格が上昇した場合、「政府は速やかに必要な支援措置を取るべきだ」という考えを示したのだ。

エネルギー価格高騰への対策としては、過去にも燃料補助金や電気・ガス代の負担軽減策が講じられた経緯がある。賃上げ機運を守るためにも、外部ショックへの政策対応が求められるという見立てだ。


一本の線でつながる話

整理すると、今回の話は次のような一本の線でつながっている。

イラン情勢の悪化 → 原油高の懸念 → 円安との複合 → 企業コスト増 → 中小企業が慎重化 → 賃上げ機運が腰折れするリスク

「中東の話と自分の給与は関係ない」と思いがちだが、実はこれだけ短い経路でつながっている。春闘の結果は、今後数か月で出てくる。その着地点に、今の中東情勢がどう影響するかは、現時点では不明だ。

ただ、春に向かうこの時期に、遠い地域の出来事が日本の賃金交渉の空気を変えつつあるという事実は、覚えておく価値があるだろう。


本記事は2026年3月5日付のNHK報道、ANN系報道、ロイター通信などをもとに構成しています。賃上げ要求の数値は連合の公表データに基づきます。今後の春闘の結果については、交渉の進捗を踏まえてご確認ください。

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Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

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