「まだ1合目」――社長が認めた道のりの険しさ
2026年2月27日、経済産業省が発表した数字は大きかった。先端半導体の量産を目指すラピダスに対し、政府と民間企業など32社があわせて2676億円を出資した、というものだ。
ラピダスの小池淳義社長は記者会見でこう述べた。「企業からはだんだん理解が深まっていって、期待していた以上に支援してもらうことができ非常に感謝している」。その言葉に続けて、こう付け加えた。「『2ナノ』はそう簡単ではなく、安心はできないし、技術は非常に難しい。まだ1合目で心を引き締めて頑張りたい」。
2676億円を集めながら、社長自らが「まだ1合目」と言う。その意味を理解するには、半導体という産業の特殊性と、ラピダスが挑んでいることの難しさを知る必要がある。
半導体とは何か――現代文明の「米」
半導体は、スマートフォン、パソコン、自動車、家電、医療機器など、現代のほぼあらゆる製品に使われている部品だ。電気を通したり遮断したりする性質を持つ素材(シリコンが代表的)を使って、計算や記憶を行う「脳」にあたる部品が半導体チップだ。
この半導体の性能を上げる主な方法は「微細化」だ。回路の幅(線幅)を細くするほど、同じ面積により多くの回路を詰め込めるようになり、処理速度が上がり、消費電力も下がる。
「2ナノ」というのは、先端製造プロセスの世代(ノード)を示す呼び名で、実際の回路線幅が2ナノメートルという意味では必ずしもない。ただ、より高密度・高性能・低消費電力を狙う“最先端世代”であることを示す目安として使われる。イメージとしては、1ナノメートルは10億分の1メートルで、DNAの二重らせん構造の直径(約2ナノメートル)と同程度とされるほどの細さの世界だ。
現在、先端ロジック半導体の量産を牽引しているのは、世界でも台湾のTSMCや韓国のサムスンなど、ごく限られた企業に集中している。ラピダスはそこに、2027年度後半に追いつくことを目標にしている。
なぜ日本は「巻き返し」を必要としているのか
かつて、日本は半導体大国だった。
1980年代、日本の半導体メーカーは世界市場の過半数を占め、NEC、東芝、日立、富士通といった企業が名を連ねていた。しかし1990年代以降、韓国のサムスン電子などとの競争に押され、日本企業は次第に先端品の製造から撤退を余儀なくされた。気づけば、最先端の半導体を国内で製造する能力は失われていた。
その重さを突きつけたのが、2020〜2021年の「半導体不足」だ。新型コロナウイルスの影響で半導体の供給が滞り、自動車の生産が止まり、ゲーム機が品薄になり、スマートフォンの出荷が遅れた。「チョーク・ポイント(急所)」とも呼ばれる半導体の供給が止まると、経済全体が揺らぐことが、世界中で実感された。
また、AIの普及が半導体の需要を爆発的に増やしている。AIの計算には大量の高性能半導体が必要であり、どの国が自国内に製造拠点を持つかは、経済安全保障の問題でもある。
こうした背景から、日本政府は「半導体の国内製造基盤を取り戻す」と方針を立て、その中核に据えたのがラピダスだ。
ラピダスとは何をする会社か
ラピダス(Rapidus)は、2022年に設立された新しい会社だ。「速い(rapid)」に由来する社名は、スピード感への意志を示しているかのようだ。
重要なのは、この会社が「半導体を設計する」会社ではなく、「半導体を製造する受託会社(ファウンドリ)」を目指しているという点だ。
半導体産業は大きく2つに分業している。設計を専門に行う会社(「ファブレス」企業と呼ぶ。AMDやクアルコムなどが代表例)と、製造を専門に行う会社(「ファウンドリ」と呼ぶ。TSMCが世界最大手)だ。
ラピダスはファウンドリ、つまり「設計図を持ってきてくれれば、うちで作ります」という形のビジネスを目指している。目標は、2027年度後半に2ナノ世代の先端半導体を量産すること。現在はまだ「試作」の段階だ。
2676億円の内訳と「政府の議決権11.5%」のねじれ
今回の資金調達の仕組みは少し複雑だ。整理しておこう。
出資の総額は2676億円。このうち政府(経済産業省の所管機関であるIPAを通じて)が1000億円、民間企業など32社が合計1676億円を出した。民間の金額は当初の想定より300億円以上多くなった。
出資者の顔ぶれを見ると、トヨタ、ホンダ、デンソーといった自動車関連、ソニーグループ、キオクシア、富士通、NEC、NTTといった電機・通信、みずほ・三菱UFJ・三井住友の三大メガバンク、北洋銀行、千葉銀行などの地方銀行まで幅広い。業種も規模も異なる32社がラピダスに資金を投じた。
ここで一つ、理解しておくべき「ねじれ」がある。
政府は単独の出資者としては最も大きい「筆頭株主」だ。しかし、通常時の議決権(会社の方針決定に影響する投票権)は11.5%に抑えている。なぜか。政府が議決権を大きく持つと、経営判断にいちいち政府の意向が絡んで、スタートアップとしてのスピード感が失われる恐れがある。そこで、「出資はするが、普段の経営には口を出さない」という設計にした。
ただし完全に手放すわけではない。経営が悪化した場合などには、政府の議決権が最大40%まで引き上げられる仕組みが設けられている。さらに来年度に政府が追加で1500億円を出資した場合は、最大60%に達し得るとも報じられている。要するに、「平時は民間主導、非常時は政府が関与を強める」という設計だ。
加えて、政府は「黄金株」も保有している。これは、通常の議決権とは別に、会社の重要事項に対して「拒否権」を持つ特殊な株式だ。たとえば「外国企業に買収される」「技術が海外に流出するような取引をする」といった事態を、政府が阻止できるようにするための仕組みだ。経済安全保障の観点から設けられた歯止めといえる。
「2ナノ」はどれほど難しいのか
ラピダスが目指す2ナノ量産は、業界の中でも「難度が高い挑戦」と評される。Bloombergは「ロングショット(勝算の低い挑戦)」という表現を使っている。
なぜか。「試作ができること」と「商売として量産できること」はまったく別の話だからだ。
量産で重要なのは「歩留まり」と呼ばれる指標だ。作ったチップのうち、規格を満たす良品の割合を指す。いくら先端の技術で作っても、100枚中5枚しか良品にならなければ、コストが合わない。TSMCが世界のトップに立っている理由のひとつは、先端品でも高い歩留まりを維持できる「量産のノウハウ」にある。ラピダスはここを、これから積み上げていく必要がある。
先端半導体の製造には、工場建設だけでなく、「EUV(extreme ultraviolet)露光装置」と呼ばれる1台数百億円規模の超高額装置も必要だ。これを製造できるのは、オランダのASMLという会社だけで、世界中のメーカーが争って調達している。経産省の試算では、2ナノ関連の製造に必要な投資は約4兆円超規模になる見通しだ。今回の2676億円は、その「最初の一歩」に過ぎない。
政府が総額2兆8000億円余りの支援を計画しているのは、そのためだ。
顧客が集まらなければ意味がない
資金を集め、工場を作っても、肝心の「客」がいなければビジネスは成り立たない。
小池社長によると、現在60社以上の企業と顧客として協議を進めているという。「ことしの後半になると、ある程度、メーカー側から発表があるのではないか。来年に入ると顧客の数が増えてくると考えている」と述べ、着実に進んでいる認識を示した。
ただし、現時点では正式な顧客として確定した企業の名前は明らかにされていない。量産が実現する前に顧客を獲得するのは難しく、顧客が集まらなければ量産の「理由」がなくなる。卵と鶏の関係に近い難題だ。
政府主導の産業政策は、うまくいくのか
ラピダスへの支援は、現在の高市政権が掲げる「官民連携による投資促進」の中核に位置づけられている。政府主導で半導体産業を復活させようとするアプローチは、日本にとって珍しくはない。1980年代に日本が半導体大国だった時代も、政府と産業界が協力する「日の丸半導体」の体制があった。
今回の取り組みに対する見方は、国内外で様々だ。「民間出資が想定を上回った点は前向きな材料」(Bloomberg)という声がある一方、「難度の高い挑戦」という慎重な評価もある。WSJは「国家戦略」の文脈で取り上げ、政府が産業政策に大規模に関与することの意義と課題の両面を伝えた。
官民が資金を出し合い、技術開発を進め、顧客を獲得し、量産を実現する。言葉にすれば単純だが、それぞれのハードルは高い。2027年度後半という期限まで、約2年あまり。「まだ1合目」と言った社長の言葉は、冷静な現状認識であり、同時に覚悟の表れでもある。
現時点の整理
| substance | |
|---|---|
| 確認できる | 政府(1000億円)と民間32社(1676億円)の合計2676億円の出資が完了。政府の通常議決権は11.5%に制限。政府は黄金株を保有。量産目標は2027年度後半に2ナノ世代。現在60社超と顧客協議中。政府の総支援額は2兆8000億円余りを計画。 |
| 進行中・未確認 | 顧客として正式確定している企業名は未公表。経営悪化時に政府議決権が最大40〜60%まで引き上げられる条件の詳細。黄金株の「重要事項」の具体的な定義範囲。 |
| 不明 | 2027年度後半の量産目標が達成できるかどうか。必要な歩留まりを確保できるか。顧客の数が計画通りに増えるか。政府の追加支援が計画通り実行されるかどうか。 |

