スーパーのレジで、思わず首をひねる。袋入りのコーヒー豆、いつの間にこんな値段になったんだろう。チョコレートもそう。米袋を手に取れば、ずっしりした重さとともに値札の数字が目に飛び込む。「値上がりが続いている」という肌感覚は、日々の買い物の中に確かにある。
それなのに、2026年2月27日、総務省(統計局)が公表した東京23区の消費者物価指数(速報)では、「生鮮食品を除く総合(コアCPI)の上昇率が1%台に低下」した。
どういうことだろう。なぜ肌感覚と統計の数字がこれほどかけ離れて見えるのか——その答えは、「物価」という言葉の中身にある。
「物価」はひとつじゃない
総務省が毎月発表する「消費者物価指数(CPI)」は、私たちが日常的に買うモノやサービスの価格を指数にまとめたものだ。基準年(2020年)の平均を100として、今が何点かを示す。2月の東京23区の指数は110.5。つまり、2020年と比べると物価は平均で約10.5%高くなっている計算だ。
ただし、ニュースで「物価上昇率」として語られるのは、この指数が「1年前と比べてどれだけ変わったか」という前年比の数字だ。そして今回報じられた「1.8%」というのは、生鮮食品を除いた「コアCPI」と呼ばれる指標の値である。
なぜ生鮮食品を除くのか。野菜や魚は、天候や漁獲量によって価格が大きく上下する。そのブレを取り除き、より安定した物価の傾向を読み取るために、コアCPIが使われてきた。
2026年2月のコアCPIの前年比は+1.8%。1月の+2.0%から0.2ポイント鈍化し、2%を下回るのは2024年10月以来、実に1年4か月ぶりのことだ。
「物価が落ち着いた」の正体
上昇率が縮んだ大きな理由は、食卓ではなくエネルギーにある。
政府による電気・ガス料金への補助が続いており、これが統計上の物価を押し下げている。電気代・ガス代の上昇分が、政策によって抑えられている格好だ。実際、エネルギー全体では前年比-9%超という大幅な下落が記録されている。
また、食料品の値上がりは続いているものの、統計上は「生鮮食品を除く食料」の上昇率が前月から小幅に縮小している。
つまり「1%台」の数字は、家庭の電気代・ガス代が実感以上に抑えられた結果でもある。「物価が落ち着いた」というより「補助金が物価を抑えた」と言った方が正確かもしれない。
食卓はまだ値上がりの最中にある
では、食品はどうか。
「生鮮食品を除く食料」の前年比は+5.5%。全体の上昇率1.8%を大きく上回り、食品の値上がりは続いている。具体的な品目を見ると、その数字の大きさに驚く。
- コーヒー豆:+64.0%
- チョコレート:+26.1%
- うるち米(コシヒカリを除く):+17.7%
- おにぎり:+13.3%
コーヒー豆が1年で6割以上値上がりした背景には、コーヒーの原料となるアラビカ種の国際価格が供給懸念などを背景に記録的な水準に達したことがあるとされる。輸入に頼る日本では、国際市況の変動が時間をおいて小売価格に波及しやすい構造になっている。
チョコレートについては、原料のカカオ価格が2024年に高騰した後、産地(コートジボワールなど)の需給問題が続いていると報じられている。カカオ市況が落ち着いてきても、菓子の小売価格はすぐには下がりにくいというのが一般的な見方だ。在庫の調達コスト、物流費、人件費、為替——価格に積み重なる要素は多い。
コメについては、国内の政策・流通・需給といった国内要因が複雑にからむとされ、引き続き高値が続きやすい状況とされている。
「2.5%」という、もうひとつの数字
経済の専門家がより注目するのが、「コアコアCPI」と呼ばれる指標だ。エネルギーまで除いた、生鮮食品・エネルギー除く総合の数字で、政策に左右されにくい「基調的な物価」を見るために使われる。
2月のコアコアCPIは+2.5%。コアCPIの1.8%とは異なり、2%を超えている。
エネルギー補助が縮小・停止されたり、反動が出てきたりした場合、全体のコアCPIが再び2%に近づいていく可能性を指摘する見方もある。「1%台への低下は一時的」という評価も、市場では根強い。
東京23区の数字が「先行指標」と呼ばれる理由
今回の発表は東京23区の速報値だ。全国の2月分は3月24日に発表される予定となっている。
東京23区のCPIが注目されるのは、全国の消費者物価指数よりも先に発表されるからだ。全国の動向を読む「先行指標」として、企業や金融市場が参考にする。ただし、東京と全国は完全に一致するわけではない。地域ごとの施策(保育料の無償化など)や住宅事情の違いが、数字に影響することもある。
「1%台」の数字が教えてくれないこと
「物価上昇率が1%台」というニュースは、ある意味では正しい。エネルギー補助の効果もあって、統計上の数字は確かに落ち着いてきた。
しかしコーヒー豆が1年で64%値上がりしても、チョコレートが26%高くなっても、統計の外に出るわけではない。それらは「食料」のカテゴリでしっかり上昇を続けており、食卓の現実は数字の印象よりもずっとシビアだ。
「コアCPI1.8%」と「コーヒー豆+64%」は矛盾ではなく、同じ現実の別の切り口だ。全体の平均が落ち着いていても、自分がよく買うものが跳ね上がっていれば、家計へのダメージは小さくない。
統計の数字を読むとき、「何を除いているか」「なぜ除くのか」を知っておくことが、ニュースに惑わされないための最初の一歩かもしれない。

