「一国二制度」は今も続いているか──香港政治のしくみを読み解く

香港の民主派活動家が「議会で予算案を否決しようとした」という政治的な試みが、「国家転覆の共謀」として裁かれた。そう聞いて、ピンと来ない人は多いだろう。予算を否決することが、なぜ犯罪になりうるのか。その問いに答えるには、香港という場所が、制度としてどう設計されているかを知る必要がある。


table of contents

まず「一国二制度」とは何を約束したのか

1997年、イギリスから中国に返還された香港は、中華人民共和国の一部でありながら、独自の政治・経済・法体制を維持するという枠組みのもとに置かれた。「一国二制度」と呼ばれるこの取り決めの骨格を定めたのが、香港基本法(Basic Law)だ。

基本法は、香港を「高度の自治」を持つ特別行政区(HKSAR)と位置づけた。国防と外交は中央政府(北京)が握るが、それ以外の立法・行政・司法は香港が自ら担う、という建て付けである。また、香港では社会主義制度を採用しない、資本主義体制を50年間維持する、とも明記された(基本法5条)。

この「50年間」は、1997年から数えると2047年に当たる。返還からまだ30年も経っていない今、「一国二制度は続いているか」という問いはリアルな切実さを持つ。


「だれが香港を治めるか」という問題

香港の政府トップは行政長官(Chief Executive)と呼ばれる。国でいえば首相や大統領に相当する役職だが、その選ばれ方は一般的な民主主義とは異なる。

行政長官は、1500人からなる選挙委員会(Election Committee)によって選出され、最終的には中国の中央政府(国務院)が任命する。候補者として名乗りを上げるには、選挙委員会メンバー188人以上の推薦が必要だ。選挙委員会自体も、業界団体・専門職・政治機関など複数のセクターで構成されており、香港市民が直接ゼロから選ぶ仕組みにはなっていない。

選ばれた行政長官は、行政会議(Executive Council)の助言を受けながら政策を進める。閣議に近い機能を持つが、その助言に必ずしも拘束されるわけではない。


議会(立法会)の構造──直接選挙は全体の4分の1以下

香港の立法機関は立法会(Legislative Council、LegCo)で、定数は90議席。ただし、その全員が市民の直接投票で選ばれるわけではない。

2021年の制度改革以降、議席は三つのルートに分かれている(2026年2月時点)。

  • 選挙委員会枠(40議席):行政長官を選ぶ選挙委員会がそのまま議員も選ぶ枠
  • 職能別(機能別)選挙区(30議席):業界団体・職業別団体などが票を持つ枠
  • 地理的選挙区・直接選挙(20議席):市民が直接投票できる枠

直接選挙で選ばれるのは全90議席のうち20議席、つまり約22%にすぎない。かつては直接選挙枠が35議席あったが、2021年の制度変更でほぼ半減した。


「愛国者でなければ立候補できない」時代へ

現在の香港では、選挙に出るためにはまず「資格審査」を通過しなければならない。

候補者資格審査委員会(Candidate Eligibility Review Committee)が各候補を審査する仕組みが基本法の附属書に明記されており、さらに香港国家安全維持委員会が候補者の適格性について意見を出す権限を持つ。この委員会による判断は、法的に争えないと定められている。

香港政府はこの枠組みを「patriots administering Hong Kong(愛国者による統治)」として説明している。「香港を愛する者が香港を治める」という原則を、制度として明文化したものとも言える。

批判する側は、この仕組みが実質的に「政治的な審査」として機能し、政府に批判的な候補者を排除する手段になっていると指摘する。香港47事件で訴追された活動家たちが参加した2020年の「予備選」も、こうした流れの中で「政府機能の麻痺を目的とした転覆計画」と認定されることになった。


地域の議会(区議会)も変わった

市民に最も身近な政治の場である区議会(District Councils)も、2024年から構成が大きく変わった。

第7期(2024年1月開始)の区議会は計470議席で、内訳は次の通りだ(2026年2月時点)。

  • 任命議員:179
  • 地区委員会枠:176
  • 直接選挙枠:88
  • 当然議員(職位による):27

かつての区議会は直接選挙で大半の議席が決まり、2019年の区議会選挙では民主派が議席の約85%を占めた。今の区議会では、直接選挙枠は全体の約19%に縮小している。


「国家安全」が政治を塗り替えた2020年以降

こうした変化の大きな転換点は2020年だ。主な出来事を時系列で整理すると、次のようになる。

出来事
1997年香港返還・香港基本法施行
2020年6月香港国家安全法(国安法)施行
2021年選挙制度見直し(選挙委員会の拡大・候補資格審査の導入など)
2024年3月基本法23条に基づく国内安全保障法(Safeguarding National Security Ordinance)施行

2020年、中国の全国人民代表大会常務委員会は「香港国家安全法(国安法、NSL)」を直接制定・施行した。香港の立法機関ではなく、北京が香港向けの法律を作るという、前例のない形だった。

国安法は、分離独立・政権転覆・テロ活動・外国勢力との結託の四つを対象犯罪とし、最高刑は終身刑。また捜査・訴追・裁判において特例を認める規定を持つ。同法に基づいて、香港内に香港国家安全維持委員会が設置され、北京に対して責任を負う機関として機能する。

さらに2024年3月23日、香港独自の国内安全保障法(Safeguarding National Security Ordinance)が成立・施行された。基本法23条が香港に課していた立法義務を、26年越しに果たした形だ。

この結果、「政治活動」「選挙」「言論」が「国家安全」と結びつくケースが増えた。予算案の一律否決を計画することが「政府機能の麻痺=転覆の共謀」として問われうる──香港47事件はその典型例として記録されることになった。


香港は中国本土と「何が違うのか」

基本法は、香港と中国本土の違いを制度として明確に定めている。主な点を挙げると次のようになる。

経済体制の違い:香港では社会主義制度を採用せず、資本主義体制が維持される(基本法5条)。低税率・自由貿易港としての地位は今も続いている。

司法の独立:香港は独立した司法権を持ち、最高裁に当たる終審法院(Court of Final Appeal)が終審権を持つ。基本法上はこの独立した司法制度が維持されているが、国家安全法関連案件では運用面をめぐる議論が続いている。中国本土では、全国人民代表大会(NPC)が「国家権力の最高機関」として法律の制定などを担い、司法が政治から独立した存在とはみなされていない。

出入境管理:香港は独自に出入境を管理する建て付けを持ち、香港特区旅券など独自の旅券制度がある。なお、BN(O)は香港政府ではなく英国側が発行する旅券・地位であり性質が異なる(香港政府は2021年1月31日以降、BN(O)を有効な渡航文書・身分証明として認めていない)。

こうした制度上の違いは、基本法の条文としては今も残っている。争点は「それが実態として機能しているか」という問いだ。


「一国二制度は続いているか」──答えは二つある

この問いに対する答えは、どの立場から見るかによって分かれる。

「続いている」という立場──香港政府と中央政府はこの見解を取る。基本法は引き続き有効で、資本主義体制・独立した司法・言論の自由といった権利は保障されている。香港政府は「一国二制度は2047年以降も継続される」とも繰り返す。

「実質的に変わった」という立場──欧米諸国の政府、国際報道機関、人権団体の多くはこちらに傾く。国安法の施行・選挙制度改革・候補者審査の強化によって、政治的多元性は大きく縮んだ。直接選挙枠の削減・反政府的な立場の候補の排除・独立メディアの相次ぐ閉鎖は、いずれも「二制度」が骨抜きになっている証拠だ、という見方である。


「2047年」という問い

香港基本法が定める「50年間」は、2047年に終わる。その先について、基本法は何も規定していない。

今の香港は、その「締め切り」に向かう途上にある。国際金融センターとして機能し続けている一方、政治の風景は返還直後とは大きく変わった。「二制度」は条文として生きているが、その内実をどう評価するかは、今も問いとして開かれている。

香港47事件の控訴棄却は、その問いに一つの答えを刻んだ出来事として、歴史に残るだろう。

あわせて読みたい
予算否決は「転覆」になるのか──香港47人裁判、控訴棄却が問いかけるもの 香港の民主派「香港47人」事件で、控訴していた元議員らの訴えが退けられ、実刑判決が維持された。争点は「予算否決の構想」が国家安全維持法の「転覆」に当たるのか——香港の法と政治の境界線を整理する。
Please share it if you like!

Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

table of contents