予算否決は「転覆」になるのか──香港47人裁判、控訴棄却が問いかけるもの

table of contents

「議会戦術」とされた行為が「転覆」に問われた

民主派の政治家たちは、議会で多数派を取り、予算案を否決しようとした。それは選挙で選ばれた議員が使い得る、制度の中の戦術とされてきた行為だった。

しかし裁判所は、その構想を「政府機能の麻痺を狙った転覆の共謀」と認定した。

香港で「国家安全維持法(NSL)」違反に問われた民主派「香港47人」事件——そのうち控訴していた12人(Reutersの報道による人数。APは11人と報じており、数え方の差がある可能性がある)について、香港の控訴裁判所は控訴を棄却した。懲役4年から10年前後の実刑判決が、事実上確定する形となった。

「最大級のNSL案件」とAP通信が位置づけたこの裁判の行方は、香港の法と政治が今どこにあるかを映し出している。


「国家安全維持法」とは何か

そもそもこの法律は、なぜ存在するのか。

2019年、香港では「逃亡犯条例」改正をめぐる大規模な抗議運動が続いた。運動はやがて、民主主義や自治の拡大を求める声と重なり、長期化した。翌2020年、北京は香港基本法の枠外で国家安全維持法(NSL)を制定・施行した。香港の立法機関を経ずに直接適用されたこの法律は、分離・転覆・テロ・外国勢力との結託の4つを主な対象とし、最高刑は終身刑だ。

法律の中身は英語の正文が香港の法令データベースに公開されているが、その解釈や運用の幅が論争の核心となってきた。


「予備選」から始まった話

2020年7月、民主派陣営は香港立法会(議会)選挙を前に、非公式の「予備選(候補者調整)」を行った。参加したのは約60人の民主派の政治家や活動家たち。有権者は60万人を超えた。

目的は候補者を一本化して票を分散させず、立法会で過半数を確保することだった。そしてその先に、こんな構想があったとされる——「立法会で予算案を一律に否決し、行政長官の辞任を迫る」

これが後に、国家安全維持法にいう「転覆の共謀」として訴追される根拠となった。


なぜ予算否決が「転覆」になるのか

ここで、香港の憲制(基本的な統治の仕組み)を理解しておく必要がある。

香港基本法には、こんな規定がある(第50条・第52条)。立法会が予算を否決した場合、行政長官は立法会を解散できる。しかし、解散後に選ばれた新たな立法会が再び予算を否決すると、行政長官は辞任しなければならない——。

つまり、「予算の否決」は理論上、行政長官を辞任に追い込む「制度上のテコ」になり得る。

裁判所はこの点に着目した。Reutersの報道によれば、裁判所は「予算案を無差別に否決する戦術は立法権限の濫用であり、政府機能を麻痺させることを目的としている」と認定した。予算審議という議会の本来の機能ではなく、政治的打倒を目的とした行為だというロジックだ。


二つの「解釈」が真っ向からぶつかる

この判決をめぐっては、まったく異なる二つの見方が存在する。

香港・中国側の論理: 香港政府側と中国のメディアは、「法の支配に基づく公正な判決だ」と主張する。China Daily(香港版)は、この「予備選」スキームを最初から「国家権力転覆の共謀」と位置づけ、控訴棄却を当然の結論として伝えた。香港政府も、NSLは無罪推定や公正な裁判の原則のもとで運用されていると説明している。

欧米・人権団体側の論理: 米国・英国・オーストラリアの政府は相次いで批判声明を出し、「政治的弾圧だ」と非難した。アムネスティ・インターナショナルは「正義回復の機会が失われた」と述べ、平和的な政治活動を犯罪化するものだと批判した。フィナンシャル・タイムズの論説は、予算否決を政治手段として用いることの評価をめぐり、香港の「法の支配」が危機にあると強く警鐘を鳴らした。

どちらの見方も、それぞれの価値観と「法」の捉え方に深く根ざしている。


2020年以降に変わった香港の景色

この裁判は、真空の中で起きたわけではない。背景には、NSL施行後の香港社会の急激な変化がある。

〔年表〕 2020年:NSL施行・民主派予備選 → 2021年:選挙制度改変 → 2024年:Article 23立法成立 → 2026年:控訴棄却

2021年、香港の選挙制度が大きく変わった。「愛国者が香港を治める」を掲げ、立法会の議席配分が見直され、候補者には審査が課されるようになった。その結果、民主派の多くは立候補すら難しい状況となっている。また、NSLの施行以降、民主派系の政党・団体が次々と解散し、批判的なメディアも廃刊に追い込まれた。

さらに2024年3月には、香港基本法第23条に基づく追加の国家安全立法(いわゆる「Article 23」立法)が成立・施行され、国家安全の枠組みはさらに広がった。

こうした流れの中で、「香港47人」事件は起きた。


「最大級」の事件が残す問い

今回の控訴棄却で、懲役4〜10年という重い刑が12人の被告に対して維持された。一方、政府側が一審での無罪を不服として控訴していた被告については、その無罪判断が控訴審でも維持されたと伝えられている。ただし、裁判の詳細な記録や判決文の完全な公開は、現時点では限定的だ。

この裁判が「最大級のNSL案件」と呼ばれるのは、被告の数だけでなく、その「問い」の大きさにある。

議会での多数派形成と予算否決の構想は、「転覆罪」になり得るのか。

この問いへの裁判所の答えが「イエス」だったことは、香港における政治的反対意見の表明がどこまで許されるのか、という境界線を大きく動かした。アムネスティ・インターナショナルが「政治活動の犯罪化」と呼ぶのも、この点を指している。

香港が「一国二制度」のもとで持つとされてきた高度な自治と、法の支配のあり方——その実質が何を意味するのかを、この事件は世界に問い続けている。


(本記事はReuters・AP・Amnesty Internationalの報道および公開情報をもとに作成しています)

あわせて読みたい
「一国二制度」は今も続いているか──香港政治のしくみを読み解く 香港の「一国二制度」は今も続いているのか。基本法の約束、行政長官・立法会・区議会の仕組み、国家安全法以降の制度変化、中国本土との違い、2047年問題までを整理して読み解く。
Please share it if you like!

Person who wrote this article

CFP®/Level 1 Financial Planning Technician
Certified by the Japan Securities Analysts Association
・Primary Private Banker
・Asset Formation Consultant
Certified by the Financial and Financial Situation Study Group
・NISA Trading Advisor

table of contents