繁忙期の残業が、扶養から外れる要因になっていた
年末年始、春の繁忙期、急な人手不足——。こうした時期に「もう少し働いて」と頼まれ、いつもより多くシフトに入った結果、年収が130万円を超えてしまった。そして扶養から外れ、手取りがむしろ減った。
こんな経験を持つ人、あるいは「そうなりそうで怖くて残業を断った」という人は一定数いる。
2026年4月1日、その状況を変えることを狙ったルール改正が始まる。ただし、変わるのは「130万円という数字」ではない。変わるのは、130万円の”計算のしかた”だ。
「扶養」には3種類ある——まずここで混乱する
本題に入る前に、一つ整理しておく。「扶養」という言葉は、実は3つの異なる制度が混在している。
①税金の扶養(配偶者控除・扶養控除など)は、103万円、160万円といった数字が絡んでくる話だ。
②社会保険の扶養(健康保険の被扶養者+国民年金の第3号被保険者)が、今回の主役——130万円の話だ。
③会社の配偶者手当は、企業ごとに基準が異なる独自制度だ。
ニュースで「扶養の壁」と言うとき、どれのことを指しているかで話が大きく変わる。今回の記事が扱うのは、②の社会保険の扶養に限った話だ。
「130万円の壁」とは何か
会社員(制度上、第2号被保険者と呼ぶ)に扶養されている配偶者などは、自分で社会保険料を払わなくても、健康保険に入れてもらえる。国民年金(基礎年金)も、同様に保険料負担なしで資格が得られる。この仕組みが「社会保険の扶養」だ。
しかし収入見込みが130万円を超えると、保険者(健保組合・協会けんぽ等)の判断により、扶養から外れる扱いになり得る。原則として自分で保険料を払う側に回ることになるため、保険料の負担が増え、働いて収入が増えたはずなのに手取りが思ったほど増えない、あるいは減る——という逆転現象が起きやすい。これが就業調整(働き控え)の主な原因の一つとされてきた。
何が変わるのか——「実績」から「契約」へ
従来の判定は、実際の収入実績や見込みをもとに判断する運用が中心だった。そのため、繁忙期の残業が積み重なって年収が130万円を超えそうになると、扶養から外れる扱いになる可能性があった。
2026年4月1日以降の認定から、判定の基準が変わる。厚生労働省の通知・Q&Aによれば、給与収入のみの人については、判定の軸を労働条件通知書など”労働契約の内容”から見込める賃金に寄せる方向だ。
ポイントは残業代の扱いだ。労働契約の時点では金額を見込みにくい所定外賃金(残業代・休日出勤手当など)は、原則として年収見込額の判定に算入しない整理となる。これは、契約段階で恒常的・固定的に見込まれる残業代とは区別して考える必要がある。
What you mean 繁忙期の残業で結果的に130万円を超えても、それが「当初契約時点では見込みにくかった臨時的なもの」で、社会通念上妥当な範囲であれば、扶養の扱いを変える必要はない——というのが、今回の改定の骨格だ。最終的な認定判断は、保険者が個別の状況を踏まえて行う。
ただし、注意点もある
この新ルールが使えるのは、あくまで給与収入のみの人が前提だ。副業による事業収入や年金収入などがある場合は、従来どおりの合算的な確認になりやすい。
また、昇給や契約更新で所定労働時間・時給などの条件が変わった場合は、変更された契約内容に基づく確認が改めて必要になる。「一度OKが出れば永久に大丈夫」というわけではない点に注意が必要だ。
さらに、契約書に記載されている手当や賞与の扱いも、「何を契約賃金とみなすか」によって判定に影響し得る。
なお、130万円という基準は年齢や障害の有無などの条件により異なる場合がある(例:60歳以上・障害者は180万円未満など)。自分がどの基準に当てはまるかは、加入している健保組合等への確認が確実だ。
実務上は、労働条件通知書(時給・所定労働時間・日数等)の整備と、扶養の届出時に「給与収入のみ」の申立てを行うことが、本人・事業主双方に求められる見込みだ。
「106万円の壁」とのセット感
130万円の話と並行して、「106万円の壁」改革も動いている。こちらは別の制度の話だが、セットで理解すると全体像が見えやすい。
106万円は、扶養「から外れる」話ではなく、週20時間以上の勤務・賃金・企業規模など複数の要件を満たす短時間労働者が勤務先の社会保険に自分で加入するかどうかの話だ(「本人加入」側の制度)。2025年6月に成立した年金制度改正法により、賃金要件(月額8.8万円=いわゆる106万円ライン)の撤廃が2026年10月から施行される予定で、企業規模要件についても2027年10月以降に段階的な撤廃が予定されている。
構図としてはこうなる。106万円側の改革で本人加入を増やしながら、130万円側の改革で残業による就業調整をなだらかにする——という二段構えだ。
本丸は「第3号」——約640万人が関わる問い
ここまでの話は、いわば改革の「手前」だ。制度論として最後に残るのは、より根本的な問いだ。
社会保険の扶養に入っている人のうち、保険料を自分では払わずに国民年金(基礎年金)の資格を持つ仕組みが「第3号被保険者」制度だ。厚生労働省の資料によれば、令和6年度末時点でその数は641万人規模とされる。
130万円問題の背景には、「扶養に入っていれば保険料負担が発生しない」という構造そのものがある。就業調整、制度の公平性(保険料を払っていない人が給付を受けること)、財源の持続性——こうした論点は、最終的に第3号の設計のあり方にぶつかる。
厚生労働省は今後、家庭状況などの調査を進め、年金制度議論に活かす方針としている。この制度を維持するか、縮小・見直しをするか、その結論は現時点では「調査・議論の段階」にある。
整理すると、こうなる
今回の改正が目指すのは、130万円という数字を動かすことではなく、「想定外の残業で扶養が外れる」という意図しない結果を緩和することだ。それ自体は実務上の切実な問題への対応として評価できる。
ただ、就業調整の根本にある「扶養に入れば保険料を払わなくて済む」という構造には手がついていない。130万円の判定方法を変えることで、短期的な就業調整を減らす効果は期待できる。しかし第3号という大きな問いに答えが出るまで、この議論は続くことになる。
「130万円」というシンプルな数字の裏に、3種類の扶養、2つの壁、そして641万人に関わる制度設計の問いが重なっている。ニュースを読むときに、この地図を持っているかどうかで、見え方はかなり変わってくる。
(本記事は厚生労働省の通知・Q&A(2025年10月1日付)および公開情報をもとに作成しています。被扶養者認定の最終判断は加入する保険者が行います。制度の詳細・最新情報は厚生労働省の公式資料または加入保険者へご確認ください)

